牧歌


 これはたった三つの音でできているメロディーですが、西洋音楽の「牧歌(Pastorale)」の通例を踏襲して、ヘ長調で記譜されています。
 ド・レ・ミという三つの音だけから成り立っているところは、あの「チャルメラ」の旋律と同じで、独特の哀感が漂います。民謡のようでありながら、また幻想的でもあります。

 賢治は農学校教師時代に、いくつかの劇を生徒のために書いて演出していました。これは、1924年夏に上演した「種山ヶ原の夜」という劇のなかで、楢・樺・柏の木の霊が登場して唄う歌です。

 北上山中の種山ヶ原は、賢治が愛していた場所のひとつで、いろいろな作品の舞台となっています。短篇「種山ヶ原」のなかではその気候について、「実にこの高原の続きこそは、東の海の側からと、西の方からとの風や湿気のお定まりのぶっつかり場所でしたから、雲や雨や雷や霧は、いつでももうすぐ起って来るのでした」と描写しています。
 現在、この種山ヶ原には、この「牧歌」の歌詞を刻んだ石碑が立てられています。


 これは、賢治が劇中歌にしていたというイメージもあって、 下の歌曲データも、「種山ヶ原名物」の雨や風や雷鳴が入った、ちょっとお芝居のような仕立てです。歌は、‘VOCALOID’のMeikoです。


歌曲ファイル

「牧歌」(past_v2.mp3) 4.20MB


歌詞

種山ヶ原の、雲の中(なが)で刈った草は、
どごさが置いだが、忘れだ、雨ぁふる、

種山ヶ原のせ高(だが)の芒(すすぎ)あざみ、
刈ってで置ぎわすれで雨ふる、雨(あめぁ)ふる

種山ヶ原の 霧の中(なが)で刈った草さ
わすれ草も入(はえ)ったが、忘れだ 雨(あめぁ)ふる

種山ヶ原の置ぎわすれの草のたばは
どごがの長嶺(ながね)で ぬれでる ぬれでる

種山ヶ原の 長嶺さ置いだ草は
雲に持ってがれで 無ぐなる無ぐなる

種山ヶ原の 長嶺の上の雲を
ぼっかげで見れば 無ぐなる無ぐなる



種山ヶ原(2000.8.27)

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