歌曲の部屋 〜後世作曲家篇〜


 ここ「歌曲の部屋 〜後世作曲家篇〜」では、宮澤賢治の詩に、後世になってから別の作曲家が曲を付けた作品を、取り上げてみます。

 「日本詩人愛唱歌集」という貴重な労作サイトには、日本の代表的な詩人の作品に、どんな作曲家が曲を付けているかということを調査した詳細なデータベースがあります。これを参照すると、宮澤賢治の詩に曲を付けた作曲家は、2005年4月時点でなんと69名が収載されています。

 おそらく賢治の詩に最初に曲を付けた人は、本当は「賢治自身」なのでしょうが、ここに収録されている人の中では、「精神歌」の川村悟郎が嚆矢となるのでしょう。このあと、有名どころでは、芥川也寸志、柴田南雄、團伊玖磨、林光、三善晃、吉松隆など、近代の日本を代表する錚々たる作曲家が名を連ねます。
 このなかに、まるで谷間の小学校にふと現れたように「高田三郎」という名前が見えますが、この人は何も、又三郎のように異界からまぎれこんだのではなくて、日本現代音楽協会の委員長も努められた作曲界の重鎮ですので、念のために注記しておきます。
 リストには、「絶叫詩人」ことドリアン助川による「雨ニモマケズ」などまで収められているところに愛嬌がありますが、大半は私も一度も耳にしたことがない作品ばかりで、ここには未知の世界が広がっています。


 これまでのところ、下記の8人による歌曲を、‘VOCALOID’を用いて歌曲データとして作成してみました。

 高田三郎氏は、戦後の作曲界の大御所の一人で、この「水汲み」は、私がとりわけ好きな一曲です。
  林光氏は、上記のようなすごい作曲家が居並ぶ中でも、賢治の詩の音楽化に関して、質・量ともに第一級の人として私が敬愛する方です。オペラだけでなく、賢治の詩を題材にした多数の「ソング」があります。ここでとりあげるのは、そのような「ソング」のいくつかです。
 鈴木輝昭氏は、魅力的な多くの合唱曲を作っておられますが、ここでは「イーハトーヴ組曲」をご紹介させていただきます。
 千原英喜氏の「雨ニモマケズ」は、作曲者自ら「今を生きる皆への応援歌、命の讃歌」と形容する、力のみなぎる曲です。
 鈴木憲夫氏の「雨ニモマケズ」は、千原氏のそれとはまた異なった角度から、賢治の生涯そのものを音楽で表現することを試みるような内省的な曲です。

 滝廉太郎氏は、1903年に亡くなっていますから(賢治は当時6歳)、当然ながら賢治の作品に曲を付けるということなどできなかったのですが、これは当該ページでお断りしてあるように一種の「冗談音楽」ですので、ご承知おきください。
 最後に出てくる「当サイト管理人」は、もちろん作曲家ではありませんし、こんな場所に並べるのは畏れ多いことですが、他に収める場所がないので、とりあえずここに置いてあります。

杉原 泰蔵 「風の又三郎」

高田 三郎 「水汲み」

林 光 〔宮澤賢治の詩によるソング集〕

鈴木 輝昭 「イーハトーヴ組曲」より

千原 英喜 「雨ニモマケズ」ほか

鈴木 憲夫 「雨ニモマケズ」

滝 廉太郎 「隅田川」

当サイト管理人 「敗れし少年の歌へる」


 

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