「雨ニモマケズ」詩碑

テキスト


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ
暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ
人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノバウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハ
ナリタイ
         宮沢賢治
          手帳より

出典

〔雨ニモマケズ〕」(「補遺詩篇 II」)

所在地

静岡県富士市中丸98 田子浦小学校校庭    →地図表示

碑について


 駿河湾の奥、田子ノ浦の海岸にほど近いところにある小学校の校庭の片隅に、ブロンズのレリーフがはめこまれたこの小さな石碑が立っています。
 ブロンズの表面には、版画のようなタッチで、「雨ニモマケズ」のテキストと、子供のイラストが浮き彫りにされています。
 碑の裏には、「ここに学ぶ子らにわが愛誦する賢治の詩をおくる/昭和四十一年一月/今村甲子夫」との銘文が刻まれていました。今村甲子夫という人は、市内にある富士ふたば幼稚園の元園長先生をしておられた方のようです。

 昭和41年(1966年)建立というと、数ある賢治詩碑の中でもかなり古い方に属します。現在、賢治関連の石碑は全国で100あまりありますが、私の手もとでわかるかぎりでは、下根子桜の元祖賢治詩碑(1936年)、東山町の「農民芸術概論綱要」碑(1948年)、ぎんどろ公園の「早春」詩碑(1950年)、花巻市立図書館前の「高原」詩碑(1961年)、盛岡市の光原社にある「烏の北斗七星」碑(1965年)に続いて、全国で6番目にできた碑ということになります。岩手県外では初めてですね。
 たまたま私が小学校に入学した頃と重なりますが、おそらく後ろにある校舎よりも、ずっと古くから子供たちを見守ってきたのでしょう。


小学校の校庭の片隅にある詩碑

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