「雨ニモマケズ」卒業記念碑

テキスト

  宮沢賢治作品ヨリ
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
ジョウブナカラダヲモチ
慾ハナク 決シテイカラズ
イツモシズカニワラッテイル
ミンナニデクノボウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ
 一九七五年三月卒業生一同

出典

〔雨ニモマケズ〕」(『〔補遺詩篇 II〕』)冒頭と結尾

所在地

熊本県宇土郡三角町大字戸馳5151 戸馳小学校北脇 →地図表示

碑について


 この碑がある戸馳島は、熊本県の島原湾に浮かぶ小さな島です。花卉栽培が盛んなところで、島内を歩くとあちこちに花が植えられていますし、「みすみフラワーアイランド」という施設もあります。そのような環境も反映してか、吉田精美氏の著書『新訂/全国編 宮沢賢治の碑』の中でこの碑は、「賢治の岩手からいちばん遠い地点に建っている、野の花のような碑」と紹介されています。

 この碑は、戸馳小学校の1975年の卒業生たちが、卒業の記念に担任の先生と一緒に制作したものだということです。
 コンクリートでできた碑の土台の部分には、「雨ニモマケズ」の初めと終わりをつなぎ合わせた文が刻まれており、その上のひとまわり小さい層は、冒頭の写真ではわかりにくいですが、各児童がいろいろな顔を工作用煉瓦に刻んだレリーフが横に並べられています(下写真)。子供の自画像に混ざって、アニメのキャラクターのようなものも入ってるのが、微笑ましいです。

 そしてその上には、左手に鳩を抱き、右手を高く空に上げ、巣立っていく卒業生みずからの行く手を指し示しているかのような、少年の像が立っています。
 島には中学校はないので、卒業した子供たちは来月から、海峡に架けられた橋を渡って、対岸の町の中学校に通わなければなりません。希望も不安もあるでしょうが、みんなの初々しい意気込みが伝わってくるような少年の姿です。

 記念碑の建っているこの場所は、もとは校内の空き地だったところを、子供たちと先生が一緒に開墾して、芋畑や茶畑にしたのだということでした。そのような農作業に親しんでいたことが、賢治の「雨ニモマケズ」のテキストへの思いを育てたのかもしれません。そうでもなければ、いくら教科書に載っていても、まだ思春期にもならない普通の子供は、「デクノボー」と呼ばれ、「ホメラレモセズクニモサレズ」という人間に「ナリタイ」とは、あまり望まないだろうと思うからです。


 現在はこの場所は、小学校の敷地の外になっています。碑は、校庭から土手を下りて道を一つを隔てたところに、ひっそりと建っていました。今は雑草が茂る荒れ地になって、ここが30年前には子供たちが拓いた畑になっていたというのは、ちょっとわかりません。
 でもこれを見ていると、きっとその昔にはここで、先生と子供たちの素晴らしい協同作業があったのだろうなと想像がふくらんでいくような、そんな卒業記念碑でした。


左が宇土半島、右が戸馳島、正面が戸馳大橋

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