「発動機船 三」詩碑

テキスト

 発動機船 三  宮沢賢治

石油の青いけむりとながれる火花のしたで
つめたくなめらかな月あかりの水をのぞみ
ちかづく港の灯の明滅を見まもりながら
みんなわくわくふるえてゐる
   ……水面にあがる冬のかげらふ……
もゝ引ばきの船長も
いまは鉛のラッパを吹かず
青じろい章魚をいっぱい盛った
樽の間につっ立って
やっぱりがたがたふるえてゐる
うしろになったトドの崎の燈台と
左にめぐる山山を
やゝ口まげてすがめにながめ
やっぱりがたがたふるえてゐる
   ……ぼんやりけぶる十字航燈……
あゝ冴えわたる星座や水や
また寒冷な陸風や
もう測候所の信号燈や
町のうしろの低い丘丘も見えてきた
   羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ


出典

発動機船 三(下書稿(二))」(『〔口語詩稿〕』)

所在地

岩手県下閉伊郡田野畑村 田野畑駅 横  →地図表示

碑について


 これも、1925年1月の三陸旅行で、発動機船に乗ったときの作品です。
 いよいよ船は、目的地の宮古港に入ろうとしています。当時の資料によれば、宮古港への到着時刻は午前〇時とのことで、まさに真冬の真夜中の情景です。

 最後の行の「羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ」という一節の意味がわかりにくいですが、この作品の下書稿(一)の第一形態では、「船底に何かはなし声/(羅賀で乗った/あの外套を遁がすなよ/海盛楼をおごらすからな)」という形になっていて、後で抹消されています。船員たちが、陸に上がったら乗客をつかまえて宮古の料理屋でおごらせようとする相談をしているところのようです。
 この「外套の男」が賢治自身を指しているとすれば、彼は羅賀港から乗船していたのだということになって足どりがつかめますが、何とも言えないところです。

 詩碑は、三陸リアス鉄道の田野畑駅の横にあります。この駅には、「カンパネルラ田野畑」という愛称がつけられていました。


田野畑駅入口

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