「峠」詩碑

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     峠
          宮 澤 賢 治

あんまり眩ゆく山がまはりをうねるので
ここらはまるで何か光機の焦点のやう
蒼穹(あをぞら)ばかり、
いよいよ暗く陥ち込んでゐる、
  (鉄鉱床のダイナマイトだ
   いまのあやしい呟きは!)
冷たい風が、
せはしく西から襲ふので
白樺はみな、
ねぢれた枝を東のそらの海の光へ伸ばし
雪と露岩のけはしい二色の起伏のはてで
二十世紀の太平洋が、
青くなまめきけむってゐる
黒い岬のこっちには
釜石湾の一つぶ華奢なエメラルド
   ……そこでは叔父のこどもらが
     みなすくすくと育ってゐた……
あたらしい風が翔ければ
白樺の木は鋼のやうにりんりん鳴らす

       平成二年三月   釜石市

出典

三五八 峠(定稿)」(『春と修羅 第二集』)

建立/除幕日

1990年(平成2年)3月30日 建立/4月7日 除幕

所在地

岩手県釜石市甲子町 仙人トンネル東入口  →地図表示

碑について


 1925年1月の5日から9日まで、賢治は何かの用事で三陸地方を旅行しました(「旅程幻想 詩群」参照)。
 この旅行でつくられた作品は、いずれも言いしれぬ不安や孤独感にいろどられており、翌年に農学校教師の職を辞して、ひとり農耕生活に入っていくことを、どこか予感させるところがあります。

 この詩碑になっている「峠」という作品は、この旅行の最後の作です。
 それまで賢治は、三陸海岸沿いの寒村を徒歩や発動機船で南下してきたのですが、釜石では叔父の家に泊めてもらって、すこし心もなごんだようです。
 最終日の朝、釜石から花巻への帰途につきますが、難所の仙人峠を越える鉄道が当時はまだ開通しておらず、まず釜石から鉱山線で大橋駅まで行き、いったん下車して徒歩で仙人峠を越えたのち、岩手軽便鉄道に乗って花巻まで行く、という経路をとる必要がありました。
 この作品で描かれているのは、これからまさに仙人峠を越えようというところです。賢治は来し方をふりかえって、太平洋や、エメラルドのような釜石湾を見ます。
 そして、また前途の花巻の方を向いて、「あたらしい風」や、鋼のように鳴る白樺に、身を引きしめます。

 私が峠を訪ねたのは二十世紀最後の夏でしたが、時おり小雨もぱらつく曇り空で、見納めの「二十世紀の太平洋」は、あいにく見えませんでした。

 詩碑は、仙人トンネルの釜石側の入口脇に建てられています。
 総体で幅が4mもある立派な碑石が、張りつめた賢治の詩句とみごとに調和していました。


曇り空の仙人峠

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