「雨にもまけず」詩碑

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  宮 沢 賢 治 詩 碑

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
欲はなく
決して怒らず
いつもしずかにわらっている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききしわかり
そしてわすれず
野原の松の林の蔭の
小さな萓ぶきの小屋にいて
東に病気のこどもあれば
行って看病してやり
西につかれた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北にけんかやそしょうがあれば
つまらないからやめろといい
ひでりのときはなみだをながし
さむさのなつはオロオロあるき
みんなにデクノボーとよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういうものに
わたしはなりたい

出典

〔雨ニモマケズ〕」(『〔補遺詩篇 II〕』)

建立/除幕日

1980年(昭和55年)8月15日 建立

所在地

奈良市東向中町 近鉄奈良駅東口  →地図表示

(その後この碑は撤去され、現在は存在しません。)

碑について


 地下にある近鉄奈良駅から、階段を上がって地上に出たところの、噴水もあるにぎやかな広場にあります。ここは奈良市内でも最も繁華な場所の一つで、待ち合わせなどにもよく使われているようですが、ここに宮澤賢治の碑があるというのは、長年奈良に住んでいる人にも意外と知られていないようです。
 広場の片隅に、小さくほんとに地味に立っているのです。


 銅板に書かれているのは、あの有名な手帳のメモです。この碑では、もとのカタカナがひらがなの現代仮名づかいに改められ、漢字も一部変えてあります(慾→欲、瞋→怒)。これによって、原文の表記で読むのとは、がらりと印象が変わっています。
 原文が、孤独な呟きのように感じられるとすれば、このひらがな表記は、たとえば優等生の綴り方のような雰囲気もあります。

 「宮澤賢治と奈良」というと、どういう関係があるのかと思われるかもしれませんが、1916年に盛岡高等農林学校の修学旅行の時と、1921年の家出中に父に誘われた関西旅行の時と、生涯で2回は奈良を訪れて宿泊し、その風物を詠んだ短歌も作っています。

 この碑は、岩手県水沢市出身で奈良在住のある方が、「望郷の思いやみがたく」建碑されたのだということです。あまりにも人通りの激しい場所だけに、近年少しずつ傷んでいっているのが心配です。


近鉄奈良駅上の広場: 詩碑は、矢印の下あたりにある

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