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2000年春季特設セミナー (2000年3月25日〜3月26日)


2000/03/25
 3月25日(土)〜26日(日)の二日間、花巻のイーハトーブ館で「《翻訳》と《演奏》」というテーマで賢治学会の春季特設セミナーが行われると聞き、どうしようかずっと迷っていたのですが、結局二日目の歌曲の演奏だけでも聴いてこようと思って、急遽出かけることにしました。「歌曲の部屋」の MIDI の作成に参考になるかもしれないと思ったのです。

 伊丹空港から夕方5時すぎの飛行機に乗り、すでに日が暮れかけた花巻空港に降り立つと、思いもかけずあたりは一面の雪景色でした。「月の惑みと/巨きな雪の盤とのなかに/あてなくひとり下り立てば…」(「三三八 異途への出発」)という一節が心に浮かびます。

 花巻駅までバスで行き、駅前のホテルに荷物をおろすと、初めて出会う花巻の雪景色にうれしくなって、夜の街をしばらく歩きました。左の写真は花巻駅前の風車のオブジェ、右下の写真はホテルの窓から通りを見下ろしたところです。


2000/03/26

 何となく気がせいて早く目がさめると、やはり外は雪景色のままでした。上の写真は、朝6時ごろにホテルの窓から東の方を望んだところ、正面に見える小さな山が、今日の目的地の胡四王山です。

 はやる気持ちをおさえて朝食をすませると、タクシーで胡四王山の麓まで行き、雪道を登りはじめました。「賢治記念館」を過ぎると、もう雪には誰の足跡もついていません。滑らないように気をつけながらさらに細い道を登っていくと、胡四王神社の本殿の前に出ました(右写真)。
 「神楽殿/のぼれば鳥のなきどよみ/いよよに君を/恋ひわたるかも」(歌稿〔B〕 179-180b)。賢治が聞いたこの鳥は「ツツドリ」だったようですが、今朝はカラスが鳴きかわしています。
 境内の端っこの見晴らしのよい場所には、左写真のように「イーハトーヴォ展望地」と書いた標識も立っていました。賢治もその昔にはいろいろなつらい気持ちをいだいてここまで登ってきて、山からの景色を眺めたのだと思います。
 このままずっと雪の北上平野を眺めていたい気分でしたが、9時半からは胡四王山の麓のイーハトーブ館で賢治学会の春季特設セミナーが始まるので、頂上をあとにして下山をはじめました。

 イーハトーブ館に着くと、もうたくさんの人が集まっていました。
 今回のセミナーは、『翻訳とは演奏である』というタイトルが掲げられ、言葉としてのテキストを《翻訳》するという作業と、音楽としてのスコアを《演奏》するという作業とを対比させ、賢治の文学と音楽の世界に迫ってみるという企画です。一日目の昨日は、天沢退二郎さんの講演や翻訳者の方の対談を通して、おもに賢治の作品の外国語翻訳における諸問題が扱われたようです。二日目の今日は、歌曲の演奏、詩の朗読、漫画制作が行われる予定です。

 1階のホールに入ると、まもなくプログラムが始まりました。
 まず歌曲の演奏では、「星めぐりの歌」と「種山ヶ原」を、(1)「合唱とピアノ」、(2)「尺八と琴」、(3)「神楽(笛・太鼓・鉦)」という異なった三つのヴァージョンで演奏するという試みがおこなわれました。なかでは、胡四王神楽による「星めぐりの歌」の演奏が、とりわけ圧巻でした。賢治にもゆかりの深いこの胡四王山に伝わる古風な神楽が星めぐりを奏でると、不思議な雰囲気が漂ってきます。いつか、こんな MIDI も作ってみたいものです。
 下の RealAudio ファイルは、当日の個人的録音をもとに作成したものです。胡四王神楽版は、会場ではすごい迫力があったのですが、録音ではダイナミックレンジの関係で、笛が鉦と太鼓にかくれてしまっているのが残念です。

「星めぐりの歌」三態
  (1) ピアノと合唱
    (
指揮:高橋ミヨ子 ピアノ:山影佳子 合唱:コーラスみみずく
  (2) 琴と尺八
    (
琴:平藤まり子 尺八:中島健次
  (3) 胡四王神楽

    (谷川成 ほか)
注: うまく再生されない場合は、ここで RealPlayer をヴァージョンアップしてください。

 その次には、天沢退二郎さんの企画、牛崎志津子さんの朗読による、『賢治詩朗読の新しい試み』という発表がありました。これが本当に、すばらしかったです。
 ふつう朗読というと、完成されたテキストを単線的に読んでいくものですが、ここでは「五輪峠」の下書稿(一)第一形態の朗読のテープを流しながら、賢治がその草稿の周囲にあとから書きつけた膨大な字句を、それに重ねて、ある時は呟くように、ある時は詠嘆するように、その場で朗読していくということがおこなわれました。まさに、重層的でポリフォニックな賢治のテキストの世界が、現前するようでした。
 もともとこの作品は、認識および存在(と感じられているもの)の重層性というテーマを扱った作品であるだけに、なおさらこのような試みにふさわしかったのかもしれません。また、そのスケッチ日付は「3月24日」で、ちょうど今回の試みと同じ時期でしたし、作中のように今日は、雪まで降ってくれました。私はこれまでこの作品を自分で読んでいて、とても面白いとは思っていましたが、今日は牛崎さんの朗読に涙が出るほどでした。(この時の個人的録音をもとにして後に RealPlayer のクリップを作成し、天沢さんと牛崎さんのご許可を得て Web に公開したのが、当サイトの「「五輪峠」の重層的な朗読」というコンテンツです。)

 このあと、『賢治作品の演奏としてのヴィジュアル化』と題して、マンガ家の ますむらひろし さんが、現在執筆中の「虔十公園林」をみんなの前で公開製作するという企画がありました。ますむらさんと言えばあの、猫をキャラクターとした「銀河鉄道の夜」のアニメ映画で広く知られていますが、このように賢治の原テキストをもとに大胆な意匠でその世界を再現・再創造するという営みは、まさに今回のテーマのように、作品を《翻訳》したり楽譜を《演奏》したりするという行為と、同じ地平にあるものだとも言えるでしょう。「世に出た当初は激しい賛否両論が渦巻いたが、まもなくそれは作品の本質を新しい形で表現するものとして高く評価されるようになった」というのは、たとえばグレン・グールドのバッハ演奏などにも通じるところがあるかもしれません。
 それにしても目の前でさらさらと不思議なキャラクターが生まれるてくる様子は、ほんとうに手品を見ているようです。参加者はみんな、とても幸せな気分になったのではないでしょうか。
 この後さらにホールでは、ますむら さんと 天沢 さんの対談が行われましたが、これもお二人の人柄がにじみ出て、とても楽しかったです。近いうちには猫たちの演ずる「虔十公園林」の単行本も出版されるでしょうから、今から楽しみです。
 これで、賢治学会の2000年春季特設セミナーは終了しました。日曜日の午前半日だけの参加でしたが充実した内容で、花巻まで来てよかったです。

 帰りの飛行機は夕方なので、それまでまた花巻周辺でいくつか詩碑を見てまわることにしました。
 まず、花巻市街中心部に戻ると、材木町にある「庚申」詩碑を拝見して、写真に収めました(右写真)。
 次に、「祭日」詩碑を見るために、花巻の東隣の東和町にある成島毘沙門堂に向かいました。市内からは10kmあまりなのですが、時間がないのでタクシーに乗ります。猿ヶ石川にそってさかのぼり、北成島で車を降りて石段を登ると、熊野神社と、毘沙門堂が並んでありました。修験道にも関連した熊野信仰の神社と、インド由来の仏教の守護神とが一緒に祀られているという、神仏習合の好例です。
 毘沙門堂の裏にある宝物館へ向かう途中に、「御味噌奉納堂」という小さなお堂があり、その横に賢治詩碑が建てられていました。作品中にあるように、賢治の時代に参拝者たちは毘沙門天像の足に味噌を塗りつけて祈願するという習わしがあったようですが、現在は本尊は宝物館に収納され、「御味噌奉納堂」に毘沙門天の足だけを同サイズでかたどったレプリカが置かれています。味噌を塗りつけたい人は、こっちの足に思う存分どうぞ、というわけです。
 御味噌奉納堂の左横にある賢治の「祭日」詩碑は、あたかも今はかなわなくなった昔日の風習の「証言」として立っているかのようです。

 成島からタクシーで釜石線の土沢駅につけてもらうと、上り列車を待って花巻方面を目ざしました。日中はやんでいた雪が、夕方になって降りはじめています。花巻駅で東北本線に乗り換え、花巻空港駅で列車を降りると、あとは空港まで歩くことにしました。
 駅から外に出てみると、雪の勢いはますます強まり、吹雪のように舞っていました。折りたたみの傘を懸命にさして歩きましたが、空港まではけっこうな距離がありました。途中、駅前の通りには、賢治の童話をモチーフにした下の写真のような石造りの彫刻が並べられているのを見つけました。左のは、「童話:やまなし」と注記され、蟹が大きな球体と戯れているところです。右のは、「童話:チューリップの幻術」と書かれ、チューリップの花と葉っぱがかたどられています。
 なんとか飛行機に間に合って、家に帰り着いた頃には、夜もだいぶん更けていました。

     


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