一五八

     夏幻想

   

     紺青の地平線から

     かすかな茶いろのけむりがあがる

   (北上川は気をながし

    山はまひるのうれひをながす、か)

   (あっあの鳥はなんだらう)

   (ほゝじろだわ きっと)

   (どれだい)

      稲草が魔法使ひの眼鏡で見たといふふうで

      天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか

      赤ペイントの高圧線に

      からだをまげてとまってゐるのは何鳥だらう

   (ほゝじろでないきっと小さな五位さぎだ

    あんなに嘴が長いんだもの)

   (だってせなかが青いわよ)

   (そらがうつってゐるんだい)

   (ははあ あいつはかはせみだ、

    かはせみさ、めだまの赤い、

    あゝミチア今日もずゐぶん暑いねえ)

   (何よミチアって)

   (あいつの名だよ

    ミの字はせなかのなめらかさ

    チの字はくちのとがった工合

    アの字はつまり愛称だな)

   (そんなら豚もミチアねえ)

   (かなはないな おまへには)

   (あっ飛んだ飛んだ)

   (やっぱり蝉のやうだわね)

     さてさてこんどはしゝうどの

     月光いろの繖形花から

     はがねの翅の甲虫が

     一ぺんに千飛びあがる

   (まあ大きなバッタカップですこと)

   (ねえあれつきみさうだねえ)

   (学名は何て云ふのよ)

   (ひやかしちゃいけないよ)

   (知らないんだわきっと)

   (学名なんかうるさいだらう)

   (Oenothera lamarkeana ていふんだ)

   (ラマークの発見だわね)

   (ああ)

     やれやれ一年も東京で音楽などやったら

     すっかりすれてしまったもんだ、

     燕麦の白い鈴の上を

     二疋のへらさぎがわたって行く

   (どこかで杏を灼いてるわ)

   (あ炭を焼いてるんだねえ)

   (炭窯ぢやない 瓦窯だよ)

     窯の中には小さなドラモンド光もあり

     窯の屋根では一羽の連雀も叫んでゐる

   (風がどうも熱すぎる)

     またひときれの雷が鳴り

     松林のなかは

     あたらしいテレピン油の香がいっぱいで

   (まあ あたし

    月見草の花粉でいっぱいだわ)

     アイリスの火はしづかに燃える

 

 


   ←前の草稿形態(1)へ

   ←前の草稿形態(2)へ

 

次の草稿形態へ→

<亡妹と銀河 詩群>へ→