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千原英喜作曲「祭日」

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 去る6月28日に、大阪のいずみホールで大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団による「千原英喜と宮沢賢治―その魅力の音世界」を聴いて感動したことをきっかけに、千原英喜作曲の「祭日」のDTMによる演奏を作成してみました。
 これは、千原氏による『児童・女声合唱組曲 ちゃんがちゃがうまこ』の第4曲で、賢治の文語詩「祭日〔二〕」に曲を付けたものです。
 下のリンクをクリックして、mp3でお聴き下さい。

祭日(mp3)

 歌詞となっているテキストは、下記です。

  祭日〔二〕

アナロナビクナビ 睡たく桐咲きて
峡に瘧のやまひつたはる

ナビクナビアリナリ 赤き幡もちて
草の峠を越ゆる母たち

ナリトナリアナロ 御堂のうすあかり
毘沙門像に味噌たてまつる

アナロナビクナビ 踏まるゝ天の邪鬼
四方につゝどり鳴きどよむなり

 ここで描かれているのは、花巻市街から10kmほど東へ行ったところにある、「成島の毘沙門天」です。
 2行目の「峡」とは、北上山地から稗貫平野へと流れ下る猿ヶ石川のことです。この流れのほとりの毘沙門堂に、高さ4.7mという日本最大の毘沙門天像があり、周辺の村々の信仰を集めています。「瘧(おこり)のやまひ」とは、高熱が出る病気の総称で、「つたはる」というからには伝染性のものなのでしょう。
 疫病にかかった子供を持つ母親たちは、何としても回復してほしいという切実な願いを胸に、毘沙門天に供えるための赤い幡を手に、峠を越えて御堂に集まってきます。この成島の毘沙門天の面白い特徴は、大きな木像の足の部分に味噌を塗りつけるとご利益があると言われているところで、巡礼者はそれぞれが味噌を持ってきて、毘沙門様の脛に塗りつけては祈るのです。
 各連の最初に出てくる「アナロナビクナビ…」という謎の言葉は、いったい何のことかと思いますが、これは法華経陀羅尼品第二十六にある毘沙門天の陀羅尼(呪文)です。その意味は、「富める者よ、踊る者よ、讃歌に依って踊る者よ、火神よ、歌神よ、醜悪なる歌神よ」というものだそうです。ただ、これは特に成島の毘沙門天で唱えられているというわけではなく、賢治が独自にここに持ってきてはめ込んだもので、言葉そのものの意味というよりも、音の響きによる表現性を意図して取り入れてある印象です。

 「アナロナビクナビ…」という不思議な言葉と、薄暗い御堂の中で像の足に味噌を塗りつけるという行為は、言いようもない一種の「呪術性」を醸し出しています。
 それは、子供の伝染病という人間の力を超えた恐怖に対処しようとする母親たちの、必死の祈りの表現ですが、このようなすぐれて人間的な営みと、「桐の花」「草の峠」「つつどり」などという自然の風景とが、一つの構図のもとに対照をなして描かれています。

 千原英喜氏は、これに日本的なペンタトニックの素朴な旋律を付け、母親たちの切実な情感も込めます。
 最後の方の「四方につゝどり鳴きどよむ…」のあたりのピアノ伴奏に出てくるアルペジオは、詩に合わせて鳥の鳴き声を音で表現したものかと思いますが、今回の演奏では、この部分に実際の鳥の鳴き声も入れてみました。ちょっと小さいですが、「ポポッ、ポポッ」という声で入っているのが、「つつどり」です。耳を澄ませて、聴いてみて下さい。

 歌は、VOCALOID第一世代のMeiko、第二世代の初音ミク、第三世代のMewの共演です。

 これまで宮澤賢治の詩にもとづいた多くの合唱曲を作曲・初演してきた、千原英喜氏と大阪コレギウム・ムジクムのコンビが、東京と大阪で公演を行います。
 大阪コレギウム・ムジクム創立40周年記念にあたり、「千原英喜と宮沢賢治~その魅力の音世界~」と題して、5月24日(日)に東京・浜離宮朝日ホールで、6月28日(日)に大阪・いずみホールで、それぞれコンサートが行われます。
 当日は音楽だけでなく、照明と演出が付いた「シアターピース舞台作品」として演じられるのだということです。また演奏に先立って、作曲の千原英喜氏と、大阪コレギウム・ムジクム主宰の当間修一氏のお二人による、「プレトーク」があるのも楽しみですね。
 プログラムは、下記の4曲です。

種山ヶ原の夜の歌 ―異伝・原体剣舞連

文語詩稿<祭日>
混声合唱とチェロ、ピアノ、パーカッションのために

児童・女声合唱組曲
ちゃんがちゃがうまこ

混声合唱とピアノのための組曲
わたくしという現象は

 「種山ヶ原の夜の歌」および「祭日」は、いずれも2007年大阪コレギウム・ムジクム委嘱作品です。
 出演は、下記のとおり。

指揮・演出: 当間 修一
ピアノ: 木下 亜子
チェロ: 大木 愛一
打楽器: 高鍋 歩 奥田 有紀
笛: 礒田 純子
合唱: 大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団
     大阪コレギウム・ムジクム合唱団

 千原英喜氏による宮澤賢治作品のコンサートには、2007年9月10月2010年12月2014年7月にも行ったのですが、いずれも印象に残る素晴らしい体験となりました。
 賢治ファンには、お勧めのコンサートだと思います。

大阪コレギウム・ムジクム「千原英喜と宮沢賢治」

【参考】
 ちなみに下記は、これまでに私が VOCALOID で演奏してみた千原英喜作品(の真似事)です。

・「雨ニモマケズ
・「ちゃんがちゃがうまこ
・「宮沢賢治の最後の手紙

 宮澤賢治は1933年(昭和8年)9月11日に、元教え子の柳原昌悦にあてて、一通の手紙を書きました。死の10日前に、原稿用紙に書かれたこの書簡が、賢治の最後の通信となりました。
 この手紙は、彼の生涯で最後のものであるという位置づけにとどまらず、その内容がいろいろな意味で読む者の心を打つために、朗読で取り上げられることもしばしばあります。
 作曲家の千原英喜氏は、東日本大震災の後、このテキストに曲を付けて、「朗読とユニゾンによる宮沢賢治の最後の手紙」を作られました。そして千原氏は、カワイ出版が主催する「歌おうNIPPONプロジェクト」に無償でこの曲を提供し、被災地に歌声とエールを届けるという趣旨で、楽譜も公開されたのです。
 深甚な衝撃と喪失を経験したこの国に、「楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう」という、賢治の淡々とした語り口が贈られました。

 私たちは、先日の「第4回イーハトーブ・プロジェクトin京都」においても、千原英喜氏の「雨ニモマケズ」を取り上げて聴衆の皆さんとともに味わいました。実は私はその準備期間から、個人的にこの「宮沢賢治の最後の手紙」にはまってしまって、様々な演奏をYouTubeなどで探しては、繰り返し聴いていました。
 そしてコンサートが終わるのを待ちかねるようにして、この曲をDTMで作成してみたのです。

 下が、とりあえず完成したそのMP3ファイルです。歌は、歌声合成ソフト VOCALOID の Mew、初音ミク、Kaito の3名。
 曲の最後には、ある余分な効果音が入っていますが、これは私が勝手に付けてしまったものです。ご容赦下さい。

♪ 宮沢賢治の最後の手紙(MP3: 5.89MB)

 この曲は、ピアノ伴奏に載せて朗読と歌が交互に登場するという形式をとっています。テキストは下記で、作曲にあたって賢治の原文から( )内は省略され、〔 〕が補われています。

八月廿九日附お手紙ありがたく拝誦いたしました。
あなたはいよいよ(ご)〔お〕元気なやうで実に何よりです。
私もお蔭で大分癒っては居りますが、
(どうも今度は前とちがってラッセル音容易に除こらず、
 咳がはじまると仕事も何も手につかずまる二時間も続いたり、
 或は夜中胸がぴうぴう鳴って眠られなかったり、)
仲々もう全い健康は得られさうもありません。
けれども(咳のないときは)とにかく人並に机に座って切れ切れながら 七八時間は何かしてゐられるやう〔に〕なりました。

あなたがいろいろ思ひ出して書かれたやうなことは最早二度と出来さうもありませんが、
それに代ることはきっとやる積りで毎日やっきとなって居ります。
しかも心持ちばかり焦ってつまづいてばかりゐるやうな訳です。
(私のかういふ惨めな失敗はたゞもう今日の時代一般の巨きな病、「慢」といふものの一支流に過って身を加へたことに原因します。)
僅かばかりの才能とか、器量とか、
身分とか財産とかいふものが何かじぶんのからだについたものででもあるかと思ひ、
(じぶんの仕事を卑しみ、同輩を嘲り、)
いまにどこからかじぶんを所謂社会の高みへ引揚げに来るものがあるやうに思ひ、
(空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味ふこともせず、幾年かゞ空しく過ぎて漸く自分の築いてゐた蜃気楼の消えるのをみては、たゞもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ憂悶病を得るといったやうな順序です。)
あなたは賢いしかういふ過りはなさらないでせうが、
(しかし何といっても)時代が時代ですから充分にご戒心下さい。

風のなかを自由にあるけるとか、
はっきりした声で何時間も話ができるとか、
じぶんの兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうなことは
できないものから見れば神の業にも均しいものです。
そんなことはもう人間の当然の権利だなどといふやうな考では、
本気に観察した世界の実際と余り〔に〕遠いものです。
どうか今の(ご)生活を大切にお護り下さい。
上のそらでなしに、しっかり落ちついて、一時の感激や興奮を避け、
楽しめるものは楽しみ、
苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう。

いろいろ生意気なことを書きました。
病苦に免じて赦して下さい。
それでも今年は心配したやうでなしに作もよくて実にお互心強いではありませんか。
また書きます。


 それにしても、「楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう」との言葉が、何とも心に突き刺さります。死を前にして・・・。

千原英喜「宮沢賢治の最後の手紙」

「保阪嘉内の歌曲」のページ

 左のメニューにもあるとおり、「歌曲の部屋」に「保阪嘉内の歌曲」というページを新設しました。とりあえず、「藤井青年団々歌」と「勿忘草の歌」の2曲を収録してあります。
 こういう演奏はいつもですが、アップしてからいろいろとアラが気になってくるもので、それぞれ微修正も加えてあります。

制作中・・・

保阪嘉内「勿忘草の歌」

 保阪嘉内が一部を作詞し、おそらく作曲した「勿忘草の歌(保阪家家庭歌)」のDTM演奏を作成してみました。
 これは、冒頭の「捕らよとすればその手から小鳥は空へ飛んで行く」という詞句(「習作」参照)にも表れているように、嘉内が作った歌曲の中でも、賢治とのつながりを最も深く漂わせているものです。

 昨年10月11日に韮崎市で行われた「銀河の誓い in 韮崎・アザリアの友人たち」の催しの際に「韮崎市民合唱団」が唄われた二部合唱の旋律に、簡単なピアノ伴奏を付けました。歌声は、ソプラノが VOCALOID の Meiko、アルトが VOCALOID2 の初音ミクです。
 下リンクから、MP3でお聴き下さい。

♪ 勿忘草の歌(MP3:2.90MB)

【歌詞】(大明敦編著『心友 宮沢賢治と保阪嘉内』より引用)

    勿忘草(わすれなぐさ)の歌
         ― 保阪家家庭歌 ―

捕(とら)よとすればその手から小鳥は空へ飛んで行く
仕合わせ尋(たず)ね行く道の遙けき眼路に涙する

抱かんとすれば我が掌(て)から鳥はみ空へ逃げて行く
仕合わせ求め行く道にはぐれし友よ今何処(いずこ)

流れの岸の一本(ひともと)はみ空の色の水浅葱(みずあさぎ)
波悉(ことごと)く口付けしはた悉く忘れ行く

 一番、二番が、とりわけ賢治や古い友人たちとのつながりを感じさせる部分で、これに対して三番は、上田敏の訳詩集『海潮音』(1905年刊)に、ウィルヘルム・アレント作「わすれなぐさ」として収録されているものです。
 この三番の歌詞の「流れ」は、アレントの原文では‘Strom’、すなわち「大河」です。この歌が盛岡高等農林学校の思い出と関係しているとすれば、この「流れ」は北上川を連想させずにはおきません。
 三番の部分のピアノ伴奏にアルペジオを連ねたのは、はずかしながら私なりに北上川の流れに思いをはせたものです。

 末筆ながら、嘉内の歌曲の楽譜等の資料をお送りいただいた「保阪嘉内・宮沢賢治アザリアの会」のご厚意に、心から感謝申し上げます。

【関連記事】
「勿忘草」の人

鈴木憲夫作曲「雨ニモマケズ」

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 しばらく前から打ち込んでいた鈴木憲夫作曲の混声合唱曲「雨ニモマケズ」が、やっとひとまず完成しました。ソプラノは「初音ミク」、アルトは「巡音ルカ」、テノールとバスは「Kaito」です。いろいろと難しかったです。
 お聴きいただいたらわかるとおり、この曲においては、「雨ニモマケズ手帳」の「11.3」と題されたテキストの後に続けて記入されている、

  南無無辺行菩薩
 南無上行菩薩
 南無多宝如来
南無妙法蓮華経
 南無釈迦牟尼佛
 南無浄行菩薩
  南無安立行菩薩

という略式の十界曼荼羅が、かなり重要なモチーフとして組み込まれています。作曲者の鈴木憲夫氏は、これについて次のように書いておられます。

 11月3日の日付けで手帳に書かれたこの「雨にも…」は<詩>というより、賢治の生き方そのものが綴られています。そして自筆の最後にはお経が書かれてあります。仏教の世界を通して自らの生活を自戒しつつ、激しくも、しかし大らかに生きた宮澤賢治。私はこの詩の最後にお経が入らなければ完結しないといつしか思うようになりました。そしてこの詩と永いこと私なりの付き合いをしていくうちに、賢治の生き方そのものこそを音楽で表現したいと思うようになりました。

 曲の始まりと終わりに、この略式十界曼荼羅に出てくる如来や菩薩の名が唱えられ、両端でフレームのようなような役割を果たしています。
 また、曲の冒頭が、「賢治…賢治…」という呼びかけで始まるのも独特ですし、賢治を象徴する音の一つとして、風の音も登場します。この風の音は、合唱団が歌う時にはテノールとバスの人が「phyu― phyu―」と無声音で模写するのですが、VOCALOID ではこのような声を出させることはできませんので、シンセサイザーの風の音を用いています。

 また近いうちに時間がとれれば、もう少し解説も付けて、「歌曲の部屋~後世作曲家篇~」にアップしたり、Podcasting でも公開したいと思っています。
 それでは、鈴木憲夫作曲混声合唱曲「雨ニモマケズ」をお聴き下さい。

download.gif 「雨ニモマケズ」(宮澤賢治詩/鈴木憲夫曲)MP3(10.1 MB)

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

  南無無辺行菩薩
 南無上行菩薩
 南無多宝如来
南無妙法蓮華経
 南無釈迦牟尼佛
 南無浄行菩薩
  南無安立行菩薩

鈴木憲夫作曲混声合唱曲「雨ニモマケズ」

Carbon di-oxide to sugar

 「小岩井農場」の下書稿の中に、次のような箇所があります。

口笛を吹け。光の軋り、
たよりもない光の顫ひ、
いゝや、誰かゞついて来る
ぞろぞろ誰かゞついて来る。
うしろ向きに歩けといふのだ。
たしかにたしかに透明な
光の子供らの一列だ。
いいとも、調子に合せて、
いゝか そら
足をそろえて。
 Carbon di-oxide to sugar
 Carbon di-oxide to sugar
 Carbon di-oxide to sugar
 Carbon di-oxide to sugar
みちがぐんぐんうしろから湧き
向ふの方にたゝんで行く
あのむら気の四本の桜が
だんだん遠くなって行く
いったいこれは幻想なのか
幻想ではないぞ。
透明なたましひの一列が
小岩井農場の日光の中を
調子をそろへてあるくといふこと
これがどうして偽だらう。

 推敲後の段階では「パート四」となる部分で、賢治は農場本部の建物を過ぎ、ひばりの鳴き声を聞いて、「むら気な四本の桜」も過ぎます。寂しさをまぎらすように口笛を吹きながら歩いていると、ふと後ろから「光の子供たち」がついて来るように感じます。その子供たちとともに、足をそろえて行進をしようと、'Carbon di-oxide to sugar'という掛け声でリズムをとったのです。
 'carbon dioxide'とは「二酸化炭素」で、すべての生命に密接に関わる物質ですが、最近はとみに悪者にされることが多い役まわりです。'sugar'は、もちろん「糖」ですね。

 ところでこの'Carbon di-oxide to sugar'という掛け声は、『春と修羅』の初版本のテキストには登場しません。その中間にある「詩集印刷用原稿」と呼ばれる草稿段階において、作者によって(Carbon di-oxide to sugar)という部分は消され、それぞれ(コロナは八十三万二百……)、(コロナは八十三万四百……)、(コロナは七十七万五千……)、と書き換えられるのです。この推敲後の、(コロナは…)というフレーズは、童話「イーハトーボ農学校の春」において、「太陽マヂックのうた」として登場するものですね。
 ここで、'Carbon di-oxide to sugar'が、「太陽マヂックのうた」によって置き換えられたという事実には、その意味を考える上で重要なポイントがあると思うのですが、そのことについてはまた後で触れます。
 今日考えてみたいのは、'Carbon di-oxide to sugar'という言葉は、いったい何のことを言っているのかということです。

 岡澤敏男氏は『賢治歩行詩考』(未知谷)において、これについて次のように述べておられます。

 この<Carbon di-oxide to sugar>とは「炭酸ガスでお砂糖に」とでもいうのでしょうか。やっぱり科学者らしいお囃子です。どこか英国童謡『マザー・グウス』風*のリフレーンは、賢治流の小粋でナンセンスなリズム感をうかがわせます。

 そして脚注では、「炭酸ガスでお砂糖に」について次にように説明されています。

* 盛岡高等農林学校の農学科第二部在学当時の賢治が、砂糖精製の技法として炭酸ガス飽充法を学ぶ機会があったと思われます。子供たちの行進を励ます囃子言葉としては唐突な感じもしますが、マザー・グウスのもつ機智や軽快性とはどこか通じ合うものを感じさせます。これは豊かな化学的知識から生まれた童謡でした。炭酸ガスと砂糖の取り合わせの機智と軽快なリフレーンをみれば、すばらしい本歌取りといってよいでしょう。

 「炭酸ガス飽充法」というのは、私もまったく知らなかったのですが、上にあるようにサトウキビや甜菜(サトウダイコン)などから直接搾った、糖分を含んだ液(粗製製糖液)を、精製するための方法だそうです。
 サトウキビの搾り汁に石灰を加えて不純物を除き、それをそのまま加熱濃縮したものを固めると「黒砂糖」ができますが、石灰を加えた搾り汁にさらに炭酸ガスを吹き込んで、炭酸カルシウムとともに不純物を沈殿させて除去し煮詰めると、白い砂糖ができるのだそうです。
 賢治がこのような砂糖精製法を知っていて、'Carbon di-oxide to sugar'と表現したというのが、岡澤氏の説です。

 これは奥深く、たしかに「豊かな化学的知識」を前提とした解釈ですが、しかし私は以前から、この'Carbon di-oxide to sugar'というのは、植物による「光合成」のことを言っているのではないかと思っていたのです。

 葉緑素を持った植物は、太陽光のエネルギーを利用して、二酸化炭素(と水)から、ブドウ糖・果糖・蔗糖などの糖を作ります。これが光合成です。得られた糖類は、植物自身によってさらにデンプンなどにまで重合される場合もありますが、まず得られるのは、ブドウ糖、果糖などの単糖(C6H12O6)です。化学式で書くと、下のような反応ですね。

6CO2 + 12H2O → C6H12O6 + 6H2O + 6O2

 つまり、二酸化炭素(carbon di-oxide)が、糖(sugar)になるわけで、これこそが'Carbon di-oxide to sugar'ということではないかと思うのです。日本語に訳せば、「二酸化炭素を糖に!」です。
 高度な岡澤説に比べると、中学校の理科で習うような簡単な解釈でお恥ずかしいのですが、私がこう考える理由としては、当時の賢治が抱いていたと思われる「太陽礼賛」とも言うような感情との関連もあります。

 上にも挙げた「イーハトーボ農学校の春」という作品は、「太陽マヂックのうたはもう青ぞらいっぱい、ひっきりなしにごうごうごうごう鳴ってゐます。」という書き出しで始まり、少し後には次のような箇所もあります。

  (コロナは六十三万二百
   あゝきれいだ、まるでまっ赤な花火のやうだよ。)
 それはリシウムの紅焔でせう。ほんたうに光炎菩薩太陽マヂックの歌はそらにも地面にもちからいっぱい、日光の小さな小さな菫や橙や赤の波といっしょに一生けん命に鳴ってゐます。カイロ男爵だって早く上等の絹のフロックを着て明るいとこへ飛びだすがいいでせう。
 楊の木の中でも樺の木でも、またかれくさの地下茎でも、月光いろの甘い樹液がちらちらゆれだし、早い萱草やつめくさの芽にはもう黄金いろの小さな澱粉の粒がつうつう浮いたり沈んだりしてゐます。

 賢治自身も高ぶった気持ちを抑えられないような筆致でつづく文章には、まさに太陽を讃え、春を歓ぶ気持ちがあふれています。上の文中で、太陽を浴びた植物の中に「甘い樹液がちらちらゆれだし」という箇所や、「もう黄金いろの小さな澱粉の粒がつうつう浮いたり沈んだり」という箇所などは、光合成によって植物の中に糖やデンプンが産生されていることを、科学者賢治が詩的に描いているところでしょう。
 先にも述べたように、「小岩井農場」の「詩集印刷用原稿」という段階において、(Carbon di-oxide to sugar)という掛け声は、(コロナは八十三万二百……)などの「太陽マヂックのうた」に置き換えられるのですが、このことも、すでに'Carbon di-oxide to sugar'という言葉が、じつは太陽への讃歌であったことを表しているのではないでしょうか。

 二酸化炭素に水という無機物が、太陽光のエネルギーによって、糖類や炭水化物などの尊い有機物に変化する・・・これこそまさに「太陽マヂック」と言わずして、何と言いましょう!


 あと最後に、'Carbon di-oxide to sugar'という掛け声が、いつしか「太陽マヂックのうた」に変容した……どちらにも作者の同じような思いがこめられていた……という由緒から、二つの歌を重ねてみるというお遊びをしてみました。変な音楽ですので、ほんの冗談のつもりでお聴き下さい。
 'Carbon di-oxide to sugar'は「巡音ルカ」の英語歌唱、「太陽マヂックのうた」は Kaito です。

「光合成と太陽マヂックの二重唱」(MP3: 1.62MB)

巡音ルカ「火の島」

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巡音ルカ 1月30日に VOCALOID2 の新しいキャラクター「巡音ルカ(めぐりね・るか)」が発売されました。今度のルカさんの声は、あどけなさの残る「初音ミク」とは趣を変えて、「"ムーディーかつハスキーな女声"をコンセプトに収録されたクールな声質」なのだそうです。

 そこで今日は、ウェーバーの「人魚の歌」に賢治が作詞した「火の島」を、巡音ルカさんに歌ってみていただきました。ご存じのように、伊豆大島に住む伊藤チヱに寄せる、賢治のほのかな思いがこめられた歌です。

「火の島」(MP3: 1.33MB)

海鳴りのとゞろく日は
船もより来ぬを
火の山の燃え熾りて
雲のながるゝ
海鳴りよせ来る椿の林に
ひねもす百合堀り
今日もはてぬ

大島・三原山

 千原英喜作曲「混声合唱とピアノのための組曲」の終曲、「雨ニモマケズ」を、「歌曲の部屋~後世作曲家篇」にアップしました。また podcast でも公開しました。

 これは2007年9月に初演されたばかりの新しい曲ですが、普通の意味で「感動的」な曲で、作曲者自身が、「賢治の世界と対話しながらの創作の日々、書き留められて行くメロディーやハーモニーのひとつひとつに喜びを感じながら、至福の時を過ごした」ということです。
 そして、この終曲「雨ニモマケズ」については、楽譜に掲載されている「曲について」という文章の中で、千原氏は次のようにコメントしておられます。

 さぞかし無念だったろう。晩年の病床の中で諦念をもってしたためられた詩・祈りである。賢治は “サウイフモノニ、ワタシハナリタイ”のである。詩の冒頭 “雨ニモマケズ、風ニモマケズ” にヴァイタリティを感じてはならないと人は言うかもしれない。しかし私には雨風の中へ勇猛果敢に飛び出し行く賢治の姿が見えるのだ。東に西に人々を励まし歩く声が聞こえて来るのだ。彼の一生を顧みて、つねに企画し、挫折し、また新たに物事をおこす前向きなエネルギーに心打たれる。私は賢治の魂にエールを送ろう。哀憐の調べではなく、勇気奮い立つ響きで彼を讃えよう。そして賢治とともに私は颯爽と山野をかけめぐるのだ。Alla Marcia―行進曲風に、活き活きと、アッコード(和弦)に力漲らせて。曲は今を生きる皆への応援歌、命の讃歌だ。

 まさに「今を生きる皆への応援歌、命の讃歌」としての「雨ニモマケズ」という曲が、新たに誕生したわけですね。初演を歌った「大阪コレギウム・ムジクム」の「合唱団日誌」には、「衝撃の「雨ニモマケズ」」という記事も載っています。

 MP3 は、下記から聴くことができます。混声合唱のソプラノは初音ミク、アルトは Meiko、テノールとバスは Kaito ですが、やっぱりどうしても機械っぽいのはご容赦を・・・。

「雨ニモマケズ(千原英喜作曲)」(MP3: 6.87MB)


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

 

 混声合唱組曲「雨ニモマケズ」千原英喜  混声合唱組曲 千原英喜 雨ニモマケズ
 詩 宮沢賢治
 作曲 千原英喜

 全音楽譜出版社 2008-06-13
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 1924年(大正13年)4月に出版された『春と修羅』は、中央文壇で話題になることはほとんどなかったようですが、辻潤とならんで最も早期にこの風変わりな詩集を取り上げた人として、詩人の佐藤惣之助がいました。
 佐藤惣之助は、1924年(大正13年)12月刊行の詩誌『日本詩人』の、「十三年度の詩集」という一年を回顧するコラムにおいて、次にように書いています。

(前略…有名な詩人の動きについて概観したあと)
 とまあ、一口評ですませば以上である。が、僕の云ひたいのは、渡辺渡と宮沢賢治である。前述の人人は相応に評価され詩集も分布されてゐやう。しかし「天上の砂」と「春と修羅」はあまりに読まれてゐない。
 僕は再度、その二詩集を繙いた。今日の読書が収穫の喜びに代る。
(中略…渡辺の「天上の砂」評)
 それに「春と修羅」。この詩集はいちばん僕を驚かした。何故ならば彼は詩壇に流布されてゐる一個の語彙も所有してゐない。否、かつて文学書に現はれた一聯の語藻をも持つてはゐない。彼は気象学、鉱物学、植物学、地質学で詩を書いた。奇犀、冷徹、その類を見ない。以上の二詩集をもって、僕は十三年の最大収穫とする。そして僕の貧しい書架を覆して、今日は独り詩集祭を修した。よし、日もたけた。気も倦むだ。より己れに鞭打つて、裏の枯野を歩くとしやう。(十一月六日)

 また、佐藤惣之助は1928年(昭和3年)3月発行の『詩之家』においても、次のように書いています。

  「銅鑼」はよき詩人をもつ
 草野心平君の主宰する「銅鑼」はよき詩人をもつ。最近坂本遼君を出したが、まだ宮沢賢治君をもつ。同君の氷のコロナの詩を久しぶりで読むだが異色あるものだ。宮沢賢治を讃するに吝ならざれ。

 この時に佐藤が読んだ作品は、「氷のコロナ」という言葉から察するに、『銅鑼』第十三号(1928年2月1日発行)に掲載された、「氷質のジヨウ談」のようですね。
 賢治全集の「年譜」には、1926年12月に賢治が上京した際、「川崎の佐藤惣之助のもとも訪れたか。」との推定記事が記されています。詩壇における自分の数少ない理解者に、会ってみたかったのでしょうか。


 さて、佐藤惣之助は、『正義の兜』『狂へる歌』という二冊の詩集を刊行した正統派の詩人でしたが、後年には、「赤城の子守歌」や「人生劇場」など、大流行した歌謡曲の作詞者として、より知られるようになります。

 そして、彼が作詞した曲の中で、21世紀の現代に最もよく歌われている歌としては、実は「阪神タイガースの歌(六甲おろし)」があるのです。昨夜もこの歌は、関西地方を中心として、たくさんの人に歌われたでしょう。
 ということで、昨夜、阪神が今シーズン初めて首位に立ったことを記念して、この歌をアップします。歌手は、一番が初音ミク、二番が Kaito、三番がミク+Meiko+Kaito です。

「阪神タイガースの歌(六甲おろし)」(MP3: 2.87MB)

阪神タイガース                    作詞/佐藤惣之助
                   作曲/古関 裕而

一、六甲颪に颯爽と 蒼天翔ける日輪の
   青春の覇気美しく 輝く我が名ぞ阪神タイガース
   オゥオゥオゥオゥ 阪神タイガース フレーフレフレフレー

二、闘志溌剌起つや今  熱血既に敵を衝く
   獣王の意気高らかに 無敵の我等ぞ阪神タイガース
   オゥオゥオゥオゥ 阪神タイガース フレーフレフレフレー

三、鉄腕強打幾千度び 鍛えてここに甲子園
   勝利に燃ゆる栄冠は 輝く我等ぞ阪神タイガース
   オゥオゥオゥオゥ 阪神タイガース フレーフレフレフレー

「星めぐりの歌」 by 初音ミク

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 クリプトン・フューチャー・メディア社から最近新たに発売された、VOCALOID2 シリーズの日本語版第一弾として、「初音ミク」という名前の「バーチャル・アイドル歌手」が登場しました。

初音ミク(はつね・みく) そこで今日はミクさんに、「星めぐりの歌」を歌ってみてもらいました。まだ私自身、新しいソフトの操作に慣れていませんが、これまでの Meiko さんよりはだいぶ若い(幼い?)声ですね。
 発表されている「プロフィール」では、年齢は16歳、身長158cm、体重42kg、得意ジャンルは「アイドルポップス/ダンス系ポップス」だそうです。

「星めぐりの歌(by 初音ミク)」
          (MP3: 1.43MB)

あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あをいめだまの小いぬ
ひかりのへびのとぐろ
オリオンは高くうたひ
つゆとしもとをおとす

アンドロメダの雲は
さかなのくちのかたち
大ぐまのあしをきたに
五つのばしたところ
小熊のひたひのうへは
そらのめぐりのめあて

林光曲「あまのがわ」アップ

 林光作曲の「あまのがわ」を、「歌曲の部屋~後世作曲家篇~」の「林光 〔宮澤賢治の詩によるソング集〕」のページに、アップしました。
 もとになった賢治の歌詞は、雑誌『愛国婦人』の募集に応じて彼が投稿し、同誌の1921年(大正10年)9月号に掲載されたものです。ほんの5行の小品ですが、賢治がおそらく生まれて初めて、「稿料」を得た作品と推測されているものです。

 林光作曲によるこの歌は、音階の雰囲気からして「沖縄童歌」風の響きも持っています。オペラ「セロ弾きのゴーシュ」の挿入歌としても用いられていて、「狸の子」が舞台に登場する場面で、可愛らしく歌われていました。

「あまのがわ(林光作曲)」(MP3: 788KB)

【歌詞】
     あまの川
あまのがは
岸の小砂利も見いへるぞ。
底のすなごも見いへるぞ。
いつまで見ても、
見えないものは、水ばかり。

 この詞は、「銀河鉄道の夜」の初期形で男の子が挿入歌として唄う設定になっていたりしましたが、その残された最終形の「一、午后の授業」においても、銀河に関する次のような先生の解説の内容に、ちょうどあてはまるものです。

「ですからもしもこの天の川がほんたうに川だと考へるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考へるならもっと天の川とよく似てゐます。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでゐる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるのかと云ひますと、それは真空といふ光をある速さで伝へるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮んでゐるのです。・・・」

 天の川の「水」が「いつまで見ても見えない」のは、それが「真空」だからですが、そこをことさら「真空といふ光をある速さで伝へるもの」と説明する上の先生の言葉は、作者が少なくともこの時点で、「特殊相対性理論」の重要部分(=エーテルではなく真空を媒質として光速不変の法則を成立させること)を理解していたことを示していると言ってよいでしょう。
 童謡歌詞創作時=アインシュタイン来日の前年に当たる1921年にも、賢治がこのような知識を持っていたかどうかは不明ですが、天の川の「砂」と「水」に関する着目は、20代前半から晩年に至るまで、一貫していたわけですね。

 『春と修羅』に収められた詩「グランド電柱」に、林光氏が作曲した歌曲を、「歌曲の部屋~後世作曲家篇~」にアップしました。歌声は、例によって Vocaloid です。 

 活き活きとしたピアノ伴奏による軽快な小品で、1991年9月に作曲されたそうです。この曲について林光氏自身は、「「グランド電柱」という詩も、いわば大真面目な大歌曲に仕上げてしまっては困るし、そうかといってただ軽いだけのものになっても仕方がない。ちょうどその中間にあるようなもの」と述べておられます(林光『作曲家の道具箱』一ツ橋書房)。林氏らしい、諧謔味のきいた作品に仕上がっています。

 この詩では、田んぼや電柱を往復するたくさんの雀たちが主役になっていますが、曲の最初や中間や終わりに出てくる八分音符の動きはまるで、いっせいに飛びたったりとまったりする雀の動きを表しているかのようです。
 ところで、賢治の童話「めくらぶだうと虹」、あるいはその改作形「マリヴロンと少女」の中には、「もずが、まるで音譜をばらばらにしてふりまいたやうに飛んで来て、みんな一度に、銀のすゝきの穂にとまりました。」という素敵な描写があります。林光氏のこの曲の楽譜の音符の並びを見ると、「まるで雀をばらばらにしてふりまいたやうに」見えたりしてしまいます。

 下には、歌曲の MP3 と詩を掲載しておきます。

「グランド電柱(林光作曲)」(MP3: 1.02MB)


あめと雲とが地面に垂れ
すすきの赤い穂も洗はれ
野原はすがすがしくなつたので
花巻(はなまき)グランド電柱(でんちゆう)の
百の碍子(がいし)にあつまる雀

掠奪のために田にはいり
うるうるうるうると飛び
雲と雨とのひかりのなかを
すばやく花巻大三叉路(はなまきだいさんさろ)の
百の碍子にもどる雀

宮澤賢治/林光「グランド電柱」

 しばらく前から作成していた「いさをかゞやくバナナン軍(バナナン大将の行進歌)」がやっと完成したので、「歌曲の部屋」にアップしました。
 これによって、『【新】校本宮澤賢治全集』第六巻の「歌曲」の項に収録されている賢治の全ての歌曲の演奏ファイルを、「歌曲の部屋」に収めたことになります。今回の曲は最後とあって、ちょっと編曲に凝ってみたりして・・・。

 とりあえず全部そろったので、「宮澤賢治歌曲全集」の自作CDを作ってみようかと思ったりもするのですが、たとえディスクはできても、「歌詞」や「曲の解説」を印刷したり製本したりするのが大変そうで、二の足を踏んでいます。

 何はともあれ、まずはお聴き下さい。下には、賢治の歌詞と、公開ページに書いた今回の「編曲の構成」も載せています。

「いさをかゞやく バナナン軍」(MP3: 5.01MB)

いさをかゞやく  バナナン軍
マルトン原に   たむろせど
荒さびし山河の すべもなく
飢餓の 陣営   日にわたり
夜をもこむれば つはものの
ダムダム弾や  葡萄弾
毒瓦斯タンクは 恐れねど
うゑとつかれを いかにせん
やむなく食みし 将軍の
かゞやきわたる 勲章と
ひかりまばゆき エボレット
そのまがつみは 録(しる)されぬ
あはれ二人の  つはものは
責に死なんと  したりしに
このとき雲の  かなたより
神ははるかに  みそなはし
くだしたまへるみめぐみは
新式生産体操ぞ。
ベース ピラミッド カンデラブル
またパルメット エーベンタール
ことにも二つの コルドンと
棚の仕立に    いたりしに
ひかりのごとく  降(くだ)り来し
天の果実を    いかにせん
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの  くろつちに
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの  くろつちに


【編曲の構成】
 マルトン原の夜のしじまの中、幕営で眠る兵士の耳には、寂しい軍隊ラッパがこだまします。それは、マルトン原を囲むく山々の彼方から聞こえてくるのか、はたまた兵士の記憶の底から響いてくるのでしょうか。
 続いて弦楽器が、「行進歌」本体の前半部と後半部のモチーフをもとにした緩徐な旋律を奏ではじめます。そのうちにメロディーはいつしか、「チッペラリーの歌=私は五聯隊の古参の軍曹」に変容していき、曲はしだいに軍楽調の行進曲となって盛り上がった後、序奏部分は終わって、行進歌の第一節「いさをかゞやく バナナン軍…」が、歌いはじめられます。

 第三~四節目「夜をこむれば つはものの/ダムダム弾や 葡萄弾…」のあたりでは、曲冒頭に出てきたファンファーレが進軍ラッパのように響くとともに、銃撃や砲弾の音も聞こえてきます。このあたりは勇ましい様子なのですが、「うゑとつかれを いかにせん…」という切実な現実に遭遇すると、音楽からは力が抜けていってしまいます。この部分の伴奏音型は、「一時半なのにどうしたのだらう」の編曲から引用されていて、例の「銅鑼」も登場します。
 しばしの迷いの沈黙の後、第五節「やむなく食みし 将軍の…」となり、バナナン大将の勲章を食べてしまった責任を負って、二人の兵士はまさに自殺を決行しようとします。この場面でオルゴールが懐古的な調子で奏でるのは、兵士たちが罪を悔いて歌った「飢餓陣営のたそがれの中」のメロディーです。
 この時、まさに祈りのオルゴールの断片も果てようとした瞬間、奇跡が起こります。それまで怒り心頭に発していたバナナン大将は、神様から「生産体操」の啓示を受けたのです。
 曲は長三度上へと転調して、あたかも天使たちの合唱のように、第八~九節「このとき雲のかなたより…」が、弦楽器やチェレスタの伴奏によって歌われます。

 これに続く第十~十二節、「ベース ピラミッド カンデラブル…」に始まる「生産体操」の部分は、また極端に一転して、民謡の「音頭」のリズムになります。今回この部分を、日本の伝統的な祭りにおける「踊り」の音楽にしてみた理由の一つは、もともとこの旋律が民謡調だからですが、もう一つの理由は、「生産体操」というものの意味にあります。
 これは、学校で行われるので「体操」と呼ばれているのでしょうが、じつはその本質は、歌詞を見たらわかるとおり、農作業の動作の型を身体の動きで表現した後、天の恵みに感謝するというもので、まさに秋の収穫祭で農民たちによって踊られる「田植え踊り」などと同質のものなのです。そのような「踊り」は、「すべての農業労働を」「舞踊の範囲に高め」る(「生徒諸君に寄せる」)ことを願った賢治の思いにも、そのまま通じるものでしょう。
 第十二節では、「天の果実を いかにせん…」と収穫物を讃えつつ、皆の踊りは笛や太鼓とともに最高潮に達していきます。

 最後は第十三~十四節、「みさかえはあれ かゞやきの…」という自然(雨と土)の讃歌の合唱に移り、男声と混声で二回繰り返されます。
 その感謝の祈りはチェレスタの響きとともに静かに天に昇っていって、締めくくりはまた夢のように、序奏と同様の静かな弦楽合奏によって閉じられます。

 味噌仕立てのかわりにおすましにしたり、入れる具を変えたり、お雑煮も二日・三日となると、いろいろ趣向を変えて出される地方が多いと思いますが、昨日アップした「私は五聯隊の古参の軍曹」を、今日は違った仕立て方にして作ってみました(下欄参照)。

 『【新】校本全集』に収録されているこの歌の歌詞と曲の表記(当該歌曲ページの下端楽譜参照)を見るとちょっと不思議に感じるのは、歌詞に「一、」と書かれている部分と、「二、」と書かれている部分が、別の旋律にのせて歌われるようになっているところです。ふつうは、歌の「一番」と「二番」・・・は同じ旋律で、歌詞だけが変わるものですよね。
 『【新】校本全集』第六巻の「校異篇」を見ると、そのあたりも勘案してか、編者の佐藤泰平氏による次のような説明があります。

 本文には佐藤が原曲に従って採譜・歌詞づけをしたものを掲出した。一般には曲の後半がよく知られているので、後半のふしだけを用いて一・二節を歌うのも可能である。

 つまり、楽譜で言えば5段目の‘CHORUS’と書かれた部分から後の旋律によって、歌詞の「一、」と「二、」を歌うという方法です。

 今回、下に作成したのは、そのやり方で演奏してみたものです。伴奏としては、Web 上に素晴らしいスローカントリー調に編曲された MIDI があったので、これを使わせてもらっています。もとは、兵士たちが威勢よく声を張り上げて唄う歌だったわけですが、「世界的ヒット曲」ともなると、こんな風に各国でいろんなアレンジが行われていくんですね。
 歌声合成ソフト‘VOCALOID’を使うにあたっても、いつもの‘Kaito’や‘Meiko’といった日本人の声ではなくて、‘Miriam’というイギリス人女性ヴォーカルのデータで作成してみました。

「私は五聯隊の古参の軍曹(スローカントリー調)」(MP3: 3.21MB)

一、私は五聯隊の古参の軍曹
   六月の九日に演習から帰り
   班中を整理して眠りました
   そのおしまひのあたりで夢を見ました。

二、大将の勲章を部下が食ふなんて
   割合に適格なことでもありませんが
   まる二日食事を取らなかったので
   恐らくはこの変てこな夢をみたのです。

 あまりにも、昨日のものとは雰囲気が違いすぎたでしょうか。しかし、伴奏のギターを打ち込んだ人の MIDI 作成の腕前は、「ただ者ではない」という感じです。


 それはさておき、これを作ってみてあらためて感じたのは、実際に劇の幕前にこの「私は五聯隊の古参の軍曹」という歌曲が歌われた際には、『【新】校本全集』に掲出されている楽譜の形ではなくて、ここにやってみたように、佐藤泰平氏がおっしゃるところの「後半のふしだけを用いて一・二節を歌う」という形だったのではないかと思うのです。
 その理由は三つあって、一つは、すでに述べたように歌詞に「一、」「二、」と数字が記されていることです(しかしこの記述が賢治自身のものなのかどうか、私にはわかりませんが)。
 二つには、『【新】校本全集』の楽譜の形だと、「一、」の部分、すなわち「私は五聯隊の・・・」から「・・・夢を見ました。」までの四行が、かなり旋律に合わせにくく、一つの音符にいくつもの言葉の音節を詰め込む必要があったのが、「後半のふし」に乗せると、歌詞がすんなりおさまるからです。だいたいにおいて賢治が替え歌を作る際には、旋律を念頭に置きつつ歌詞を作っているので、曲と詞はだいたいうまく当てはまっているのが通例です。
 もう一つの理由は、農学校時代に賢治から「チッペラリー」を英語で教えてもらったという元生徒の小原忠氏が、次のように書いておられるからです(小原忠「フランドン農学校の豚」(『賢治研究23』))。

 助手はのんきにチッペラリーマーチを口笛で吹く。この歌は大正十二年、賢治が英語で教えて全校で歌われた。
 初めの方だけうろ覚えを云うと、
     イッチヤロングウェーチッペラリーイッチャロングウェーツーゴー
     イッチヤロングウェーチッペラリーツーゼスイートガールアイノー
     (チッペラリーそれは遠い遠い道だよ/そこには私の知っている
      素敵な娘がいるよ)
 第一次大戦中イギリスの兵隊に流行した歌である。

 ここで引用されている、‘It's a long way to Tipperary, it's a long way to go...’という部分は、元の歌では後半部分、楽譜では‘CHORUS’と書かれた箇所から後のところなのですが、これを小原氏は「初めの方だけ・・・」として回想しておられることからすると、賢治が生徒たちに教えたのは、ここで問題にしている「後半部分」だけだったのではないかと、私は思うのです。

 というわけで、今回の演奏の方が、(カントリー調のアレンジであることを除いて!)この替え歌の元の形なのではないかと思うのですが、どんなものでしょうか。

 あけましておめでとうございます。全国的に、雲が多くしかし穏やかな天候のお正月のようですね。2007年も、当ブログをよろしくお願い申し上げます。

 さて、去年の終わりから「飢餓陣営」シリーズを続けていましたが、今日はお正月らしくちょっとにぎやかに、その「コミックオペレット」の幕開け前に歌われたという、「私は五聯隊の古参の軍曹」という歌を、「歌曲の部屋」にアップしてみました。これは、当時日本でも流行った「チッペラリー」という歌を、賢治が替え歌にしたものです。

 スヌーピーも愛唱した「チッペラリー」この「チッペラリー」とは、原題を‘It's a Long, Long Way to Tipperary’といって、第一次世界大戦中にイギリス軍兵士の間で広く歌われ、戦後にはアメリカや日本も含めた「世界的大ヒット曲」のはしりとなったような歌です。戦争というものがグローバル化して「世界大戦」とならざるをえなかったことと表裏一体の現象として、このような文化的流行も、地球全体を同時的に巻き込むようになったということなのでしょう。

 私はこんな古い歌など、まったく馴染みのないつもりでいたのですが、かのスヌーピーも、作品中で時々このメロディーを鼻歌で歌っていたらしいですね(右図参照)。

 下記からは、直接 MP3 が聴けますので、どうか歌詞と対照しつつお聴き下さい。

「私は五聯隊の古参の軍曹」(MP3: 1.60MB)

一、私は五聯隊の古参の軍曹
   六月の九日に演習から帰り
   班中を整理して眠りました
   そのおしまひのあたりで夢を見ました。

二、大将の勲章を部下が食ふなんて
   割合に適格なことでもありませんが
   まる二日食事を取らなかったので
   恐らくはこの変てこな夢をみたのです。


[ 参考リンク ]
 ・It's a Long Way to Tipperary (First World War.com)
 ・Tipperary (Wikipedia)
 ・佐々紅華と浅草オペラ (「チッペラリーの唄」が挿入された喜歌劇「女軍出征」)
 ・“ブン大将とバナナン大将”、あるいは“浅草オペラと大須オペラ”について

 賢治作のコミックオペレット「飢餓陣営」の前半部に相当する歌曲、「一時半なのにどうしたのだらう」と「糧食はなし四月の寒さ」を一体として作成して、「歌曲の部屋」にアップしました。

 この劇の前半部は、「せりふ」なしに、独唱、二重唱、合唱など、「歌」だけで進行していくという構成になっているのが最大の特徴で、今回の演奏でも、できるだけ臨場感を出すようにいろいろ効果音も入れてあります。もともと賢治の台本にあって場面展開を表している「銅鑼」の音がユーモラスですし、兵士たちの「足踏み」の音も雰囲気を添えます。
 だんだん兵士たちが疲れて弱っていく様子を、「声質」で表すのは難しかったのですが、歌のテンポがだんだん遅くなり、調が半音ずつ下がっていくところなどで、何とか表現しようとしています。

 全体で7分近くになりましたが、詳細は当該ページの解説とともに、お聴き下さい。

歌曲「風の又三郎」アップ

 「歌曲の部屋 ~後世作曲家篇~」に、戦前の日活映画「風の又三郎」の主題歌として有名になった、杉原泰蔵作曲の「風の又三郎」をアップしました。

 演奏には、風の音を入れたり音色をいじったりしていますが、譜面は、中村節也編曲『イーハトーヴ歌曲集―宮澤賢治の歌―』(マザーアース)に基づいたものです。
 中村氏によると、この楽譜は今回、著作権継承者の了承を得て編曲・出版となったもので、「だれでも知ってはいても、歌詞もメロディもはっきりしない幻の歌、おそ らく楽譜はいままでなかったでしょう」(中村氏)ということです。

 有名な歌ですが、多くの人はこれを歌う時に、

と歌うのではないかと思うのですが(私もそうでした)、今回の楽譜では、

となっています。これが元々の、「正しい」楽譜なんでしょうね。

 下記からは、直接 MP3ファイルを聴けるようにしておきます。

「風の又三郎」(MP3: 1.33MB)

どっどど どどうど どどうど どどう、
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいくゎりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう、
どっどど どどうど どどうど どどう

 「歌曲の部屋」に、「飢餓陣営のたそがれの中」をアップしました。賢治歌曲の新規編曲アップは久しぶりです。

 詳しくは上記ページの説明を見ていただくこととして、とりあえずこの曲は「飢餓陣営」という賢治作・演出による劇の劇中歌です。真面目さと滑稽さの同居を楽しむ趣向の中で、この歌なども表面的にはまったく敬虔に厳粛に歌われるので、編曲もそれに合わせて至極凡庸なものです。

 ところで第二次大戦中、どんなイデオロギーよりも痛烈にヒットラーを批判しえたのがチャップリンによる映画「独裁者」だったように、あるいはちょっと品は落ちるかもしれませんが、ブッシュ政権やイラク戦争に反対するアメリカのマイケル・ムーア監督の活動に見るように、「戦争」という究極の暴力に対抗するには、「笑い」の持つ本源的なエネルギーが、とりわけ大きな力になるでしょう。
 賢治の「飢餓陣営」という作品は、軍隊組織や戦争などという営みを、こっぴどく笑いとばし、したがって私が思うには、賢治の作品では最も「反戦的」で「平和的」なのではないかと感じるのです。
 『憲法九条を世界遺産に』(太田光・中沢新一,集英社新書)という本で論じられていたように、宮澤賢治は様々な「矛盾や葛藤」をはらんでいますが、彼のこんな健康的でお茶目な側面も、私は愛せずにはいられません。
 彼は「国家主義的」な時期があった反面、やはり素朴な「平和的」思想も持っていたのです。

 編曲上の小さな趣向として、賢治のこの平和への祈りの歌の最後に、ベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』から、「我らに平和を与え給え(dona nobis pacem)」という部分の旋律を埋め込んでみました。
 『ミサ・ソレムニス』の終曲「アニュス・デイ」では、戦争を暗示するような軍楽調の部分が登場しては、「平和を!平和を!」という祈りの声が重ねられていきます。ベートーヴェン自身が、楽譜に「内と外との平和を願って」とドイツ語で書き込んでいるように、この曲は、通常の「ミサ」として宗教的な心の「平安」を求める音楽にとどまらず、外的世界の「平和」をも願う、作曲者の思いが込められているのだと言われています。

 などと、講釈は勿体ぶっていますが、実際に聴いていただくと、どうということはありません(笑)。

 下記からは、直接 MP3 を聴けるようにしました。

「飢餓陣営のたそがれの中」(MP3: 3.17MB)

飢餓陣営のたそがれの中
犯せる罪はいとも深し
あゝ夜のそらの青き火もて
われらがつみをきよめたまへ

マルトン原のかなしみのなか
ひかりはつちにうづもれぬ
あゝみめぐみのあめをくだし
われらがつみをゆるしたまへ

〔合唱〕 あゝみめぐみのあめをくだし
      われらがつみをゆるしたまへ

高田三郎「水汲み」アップ

 「歌曲の部屋 ~後世作曲家篇~」に、高田三郎による無伴奏混声合唱曲「水汲み」をアップするとともに、podcast でも公開しました。
 この曲は、1968年から1969年にかけて作曲された合唱組曲『心象スケッチ』の第一曲で、あとの曲は、「森」「さっきは陽が」「風がおもてで呼んでいる」です。

 以前に林光の「高原」をアップした時に、toyoda さんがこの「水汲み」にも言及したコメントを下さり、その時に私はこの曲をあらためてCDで聴きなおしてみて、次にはぜひこの演奏を作成してみたいと思っていました。

 「春と修羅 第三集」に収められている「水汲み」をテキストとした素朴で平易な小曲ですが、労働というものが持つ「反復」「疲労」「浄化」というような特性を、曲全体として象徴しているようで、また深い宗教的な情緒もたたえているように、私には感じられます。詳しくは、解説ページをご覧下さい。

 演奏は例によって VOCALOID で、ソプラノとアルトを Meiko が、テナーとバスを Kaito が担当しています。下は、その MP3 ファイル。

「水汲み」(MP3: 3.29MB)


   水汲み

ぎっしり生えたち萓の芽だ
紅くひかって
仲間同志に影をおとし
上をあるけば距離のしれない敷物のやうに
うるうるひろがるち萓の芽だ
   ……水を汲んで砂へかけて……
つめたい風の海蛇が
もう幾脈も幾脈も
野ばらの藪をすり抜けて
川をななめに溯って行く
   ……水を汲んで砂へかけて……
向ふ岸には
蒼い衣のヨハネが下りて
すぎなの胞子(たね)をあつめてゐる
   ……水を汲んで砂へかけて……
岸までくれば またあたらしいサーペント
   ……水を汲んで水を汲んで……
遠くの雲が幾ローフかの
麺麭にかはって売られるころだ


 正直言って私は、『春と修羅』と『第三集』を比べると、これまで『第一集』の方を好んでいたと思うのですが、このような作品を読むと、『第一集』にはなかったような深い魅力もあらためて感じます。
 『第一集』の諸作品が、縦横無尽に天地を駆けめぐるような「精神」の躍動を示しているとすれば、ここに見られるのは、それとはまた異なった、「身体性」とも言うべき領野の認識ですね。


 ところで、カワイ出版によるこの混声合唱組曲『心象スケッチ』〔付・「稲作挿話」〕の楽譜(下写真)は、「受注生産品」という位置づけになっていて、5冊以上を同時に注文しないと買えないという仕組みでした。このため、今私の手もとには、同じ楽譜があと4冊、新品の状態で残っています。
 このまま4冊を死蔵していてももったいないので、もしもご希望の方がいらっしゃいましたら、定価1470円(本体1400円+税70円)にて、お頒けしたいと存じますので、管理人あてメールにてご一報を下さい。

カワイ出版「心象スケッチ・稲作挿話」(高田三郎)