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連休の終わり

 今日はもう、朝10時20分の飛行機で帰るので、花巻でちゃんと観光をするひまはありません。せめて、ホテルから空港へ向かうタクシーの途中、運転手さんに頼んで賢治詩碑に寄ってもらうことにしました。

 ということで、下が今朝9時前の、賢治詩碑前広場です。
 この詩碑に刻まれている文字を細かく見たり写真に撮ったりするには、東からの日の光で碑面が照らされる、朝の時間帯の方がいいんですね。

賢治詩碑前広場

 しばらくこの広場の空気を吸って、東の方に広がる田畑や、北上川の段丘や、胡四王山や旧天王山を眺めると、またタクシーに乗って花巻空港へ向かいました。

 空港では、大阪からの到着予定便について、「すでに花巻の上空まで来ていますが、強風のために着陸が困難な場合は、伊丹空港か羽田空港に引き返すかも」などというアナウンスが流れていて、一時はどうなることやらと心配になりました。しかし、結局だいたい予定どおりに発着できたようで、私の乗る便も、無事に飛んでくれました。
 昨日もかなり風が強くて、岩手山が隠れたり現れたりしましたが、奥州宇宙遊学館以来、まるで「風野又三郎」が遊んでくれているみたいです。

 昼すぎに関西空港に着くと、夏のように晴れわたっていました。いろいろな場所から帰ってきたという雰囲気の人々が、荷物を引きながら歩いています。
 私も、来た時と逆向きの「はるか」に乗って、京都を目ざしました。

来年9月の連休

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2009年9月の連休 来年の「秋分の日」が正式に発表されて、来年9月には「4連休」が出現することになりましたね。
 これは賢治ファンにとっては、たとえば20日のうちに花巻入りをしておいて、21日の午前には花巻農業高校の「賢治先生を偲ぶ会」、夕方には「賢治祭」、22日には「宮沢賢治賞・イーハトーブ賞贈呈式」や賢治学会総会、懇親会に出てさらに花巻の夜を謳歌し、23日には研究発表会も参観するなど、賢治忌関連行事をフルコースで楽しむことができてしまいます。
 ということで、間違ってもこの頃に風邪など引いてしまわないように、そろそろ体調を整えておかなければ。

 ところで、Googleマップの衛星写真が先月のうちに更新されて、花巻のあたりもけっこう高精細度でみることができるようになっています。賢治祭の舞台も、空からかなりはっきり見えるようになりました。

 この図をマウスでドラッグして、まず東の方の北上川に出て、それからずっと北の方へ行くと、「イギリス海岸」も見られます。さらに北に行って、空港の隣の花巻農業高校がわかったら、元「羅須地人協会」の建物の屋根まで見えますよ。

タイトル写真のランダム表示

 上のタイトル写真に、もう一つ新しいパターンを増やして、これまでの写真とランダムに入れ替わって表示されるようにしてみました。

 これまでの「賢治詩碑前広場」に加えて、新しい写真は、花巻農業高校にある「賢治先生の家(旧羅須地人協会)」です。前の芝生の庭園に、賢治の銅像ができる以前に撮った写真で、「われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である」の碑が、この場所にありました。

花巻(3)

 昨夜はホテルの部屋からうまくネットにつながらず、結局ブログの更新のために、 パソコンをホテル近くの公衆電話まで持ち出したりしていました。すると、更新中にその公衆電話に入れる硬貨が足りなくなるので、 お釣りが目的で近くの自動販売機で飲み物を買ったり・・・、ということで、昨日アップされていた文章を書いた後にも、 いろいろと苦労もあったのです。そのあとでまた続きの読書をしていたので、寝るのがだいぶ遅くなってしまいました。
 で、何が言いたいのかというと、今朝はかなり寝坊をしてしまって、「朝食はどうなさいますか」 とフロントから部屋に電話がかかってきました。カーテンを開けるともう日は高くなっていましたが、まあお休みの日ですから、 これも一つの過ごし方かと思っておきます。

「セロ弾きのゴーシュ」碑 チェックアウトをすませると、新花巻駅前の「セロ弾きのゴーシュ」 の碑のところへ行きました。この碑は、人が近づくと自動的に「星めぐりの歌」と「トロイメライ」 のチェロ演奏が鳴るようになっており、石碑のページでこれも聴けるようにするため、ICレコーダにこの音楽を録音しました。 これは近日中に公開したいと思いますので、少しお待ち下さい。

 この後の行動については、いくつか案はあったのですが、結局お隣の北上市にある「鬼の館」という博物館に行ってみることにしました。 「剣舞」のお囃子が、どうしても聴きたかったからです。
 北上駅からタクシーに乗ってずうっと西へ、「岩崎鬼剣舞」で有名な岩崎地区に向かうと、目の前には駒ヶ岳や焼石岳の連峰が、 雪をかぶってならんでいました。

北上市立「鬼の館」 「鬼の館」(左写真)は、5月5日ということで子供は無料という企画になっていたため、 家族連れの人々でいっぱいです。ホールに据えられたテレビでは、鬼剣舞のビデオが流されていますが、 さすがにこのあたりで生まれ育った子供たちは、剣舞のお囃子に合わせて足を踏み鳴らしたり、お父さんが「もう行こう」と言っても 「もうちょっと」と言ってずっと踊りに見とれていたり、しっかりと風土を受け継いでいる感じです。
 このビデオの前に私もしばらく座って、笛と鉦と太鼓によるお囃子のいろいろなパターンを、またICレコーダに録音しました。賢治の歌曲 「剣舞の歌」を、こんな響きと融合させて編曲できたら素晴らしいと思いました。

 館をあとにすると、また花巻に戻って、お昼はマルカンデパートの大食堂でカレーを食べました。予想されたことですが、 ここもやはり家族連れでいっぱいです。
 あと飛行機までしばらくの時間があきましたが、羅須地人協会跡の賢治詩碑前で過ごすことにしました。

 詩碑前の広場に着いた時には、ロード用の自転車を停めた若者が一人いただけで、すぐに誰もいなくなりました。 広場の北東の角のベンチに腰かけて、またおとといからの読みかけの本の続きです。途中、観光バスの団体が2度、 にぎやかに訪れては去っていきました。

 今日は曇っていましたが、早池峰山は花巻市内からも比較的よく見えました。この広場から望むと、ちょうど旧天王山の奥にそびえているのですね。 前回来たときにはほとんど雲に隠れていたので、今日はじめて位置関係をはっきり把握しました。
早池峰山系

 それから傾いた木塔、広場の南東の隅に立っている「われらに要るものは銀河を包む透明な意志巨きな力と熱である」 という木塔のことですが、 以前から少しずつ傾いているような気はしていたものの、今日見ると、右写真のようにかなり斜めになってしまっています。 根もとのあたりを見ても、急に動いた形跡はなさそうなのですが、このままだと何となく倒れてしまいそうで、 どうにかして対策をとってほしいものです。

 3時になったので、なごり惜しいですが広場を後にして、また花巻駅に戻り、空港に向かいました。
 飛行機の中でも、またモノレールと阪急電車の中でも、村上龍の続きです。

 阪急電車を降りる時点で、小説はまだ100ページほど残っていたので、家に着いてから夕食をとり、 それから残りをやっと読み終わったので、今このブログを書いています。

 村上龍の「半島を出よ」は、とても面白かったです。作者が意識して書いたのかどうかはわかりませんが、これは二重の意味で、「解離」 という心のメカニズムに深く関わった小説だと感じました。しかしこれは、宮澤賢治とはまた別の話です。