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 緊急事態宣言が解除されたとは言え、まだ恐る恐る暮らすような日々が続く、今日この頃です。
アマビエを用いた厚生労働省によるロゴ たとえ科学が発達した現代でも、人間にコントロール困難な今回のコロナ禍に際しては、厚生労働省でさえ右のロゴのように、アマビエなどという呪術的魔除けを用いたりしていますが、近代医学が普及する以前には、こういう超自然的な力に頼ろうとする気持ちは、もっと顕著だったようです。
 民俗学者の畑中章宏さんの「感染症と赤のフォークロア」によれば、古来日本では「赤い色」に疫病の退散や予防の力があると信じられていて、様々な形で赤い物品を使用していたのだということです。

日本の各地で、子どもが痘瘡に罹ったとき、部屋に赤い幔幕まんまくを張り、身の回りのものいっさいを赤色にした。肌着は紅紬・紅木綿でつくり、12日間取り替えることを禁じた。疱瘡に罹ったものだけが赤色を着るのではなく、看病人も赤い衣類を用いた。(畑中章宏「感染症と赤のフォークロア―民俗学者 畑中章宏の語る「疫病芸術論」の試み」より)

 疫病にかかった子供の枕元には、回復を祈って赤紙で作った人形や赤い旗を並べたりもしたということですが、これに関連して賢治の作品で思い浮かぶのは、文語詩「祭日〔二〕」です。

   祭日〔二〕

アナロナビクナビ 睡たく桐咲きて
峡に瘧のやまひつたはる

ナビクナビアリナリ 赤き幡もちて
草の峠を越ゆる母たち

ナリトナリアナロ 御堂のうすあかり
毘沙門像に味噌たてまつる

アナロナビクナビ 踏まるゝ天の邪鬼
四方につゝどり鳴きどよむなり

 兵庫県三田市の「女声合唱団Stella」から、演奏会の案内をいただきましたので、ご紹介させていただきます。
 来たる1月4日(金)の午後に、三田市総合文化センターにおいて、同合唱団の第7回定期演奏会「Happy New Year Concert」を開催されるのですが、その中で千原英喜作曲の「女声合唱とピアノのための組曲「雨ニモマケズ」」が、取り上げられます。
 全体のプログラムは、次のようになっています。

I シューベルトの合唱曲
   野ばら、子守歌、菩提樹、詩篇23

II 女声合唱のための「トンカ・ジョン」より
   2.泣きにしは、3.爪紅の花、5.なつめ、6.夕焼けとんぼ
   7.月夜の家、8.二重虹、9.言葉
      詩:北原白秋 曲:寺嶋陸也 構成:しままなぶ

III 混声合唱のステージ 信長貴富作品
   「こころようたえ」 詩:一倉宏、「夕焼け」 詩:高田敏子
   「楽譜を開けば野原に風が吹く」 詩:和合亮一

IV 女声合唱とピアノのための組曲「雨ニモマケズ」より
   I.告別(1)、II 告別(2)、IV 雨ニモマケズ
      詩・宮沢賢治 曲:千原英喜

日時: 2019年1月4日(金) 14:30開場 15:00開演
場所: 三田市総合文化センター 郷の音ホール 小ホール
入場料: 1000円

 チケットをご希望の方は、「女声合唱団Stella」のWebサイトに、申し込み用のフォームがあります。

女声合唱団Stella第7回定期演奏会(表)

女声合唱団Stella第7回定期演奏会(裏)

 以前から作成していた、千原英喜氏作曲の歌曲「ちゃんがちゃがうまこ」、「宮沢賢治の最後の手紙」、そして今回の「祭日」を、まとめて「歌曲の部屋~後世作曲家篇~」の、「千原英喜 「雨ニモマケズ」ほか」というページに、アップロードしました。

 千原氏が、宮澤賢治の世界に精力的にアプローチしておられるお仕事の一端を、VOCALOIDの歌声で垣間見ることができると思います。
 よろしければ、お試し下さい。

千原英喜作曲「祭日」

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 去る6月28日に、大阪のいずみホールで大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団による「千原英喜と宮沢賢治―その魅力の音世界」を聴いて感動したことをきっかけに、千原英喜作曲の「祭日」のDTMによる演奏を作成してみました。
 これは、千原氏による『児童・女声合唱組曲 ちゃんがちゃがうまこ』の第4曲で、賢治の文語詩「祭日〔二〕」に曲を付けたものです。
 下のリンクをクリックして、mp3でお聴き下さい。

祭日(mp3)

 歌詞となっているテキストは、下記です。

  祭日〔二〕

アナロナビクナビ 睡たく桐咲きて
峡に瘧のやまひつたはる

ナビクナビアリナリ 赤き幡もちて
草の峠を越ゆる母たち

ナリトナリアナロ 御堂のうすあかり
毘沙門像に味噌たてまつる

アナロナビクナビ 踏まるゝ天の邪鬼
四方につゝどり鳴きどよむなり

 ここで描かれているのは、花巻市街から10kmほど東へ行ったところにある、「成島の毘沙門天」です。
 2行目の「峡」とは、北上山地から稗貫平野へと流れ下る猿ヶ石川のことです。この流れのほとりの毘沙門堂に、高さ4.7mという日本最大の毘沙門天像があり、周辺の村々の信仰を集めています。「瘧(おこり)のやまひ」とは、高熱が出る病気の総称で、「つたはる」というからには伝染性のものなのでしょう。
 疫病にかかった子供を持つ母親たちは、何としても回復してほしいという切実な願いを胸に、毘沙門天に供えるための赤い幡を手に、峠を越えて御堂に集まってきます。この成島の毘沙門天の面白い特徴は、大きな木像の足の部分に味噌を塗りつけるとご利益があると言われているところで、巡礼者はそれぞれが味噌を持ってきて、毘沙門様の脛に塗りつけては祈るのです。
 各連の最初に出てくる「アナロナビクナビ…」という謎の言葉は、いったい何のことかと思いますが、これは法華経陀羅尼品第二十六にある毘沙門天の陀羅尼(呪文)です。その意味は、「富める者よ、踊る者よ、讃歌に依って踊る者よ、火神よ、歌神よ、醜悪なる歌神よ」というものだそうです。ただ、これは特に成島の毘沙門天で唱えられているというわけではなく、賢治が独自にここに持ってきてはめ込んだもので、言葉そのものの意味というよりも、音の響きによる表現性を意図して取り入れてある印象です。

 「アナロナビクナビ…」という不思議な言葉と、薄暗い御堂の中で像の足に味噌を塗りつけるという行為は、言いようもない一種の「呪術性」を醸し出しています。
 それは、子供の伝染病という人間の力を超えた恐怖に対処しようとする母親たちの、必死の祈りの表現ですが、このようなすぐれて人間的な営みと、「桐の花」「草の峠」「つつどり」などという自然の風景とが、一つの構図のもとに対照をなして描かれています。

 千原英喜氏は、これに日本的なペンタトニックの素朴な旋律を付け、母親たちの切実な情感も込めます。
 最後の方の「四方につゝどり鳴きどよむ…」のあたりのピアノ伴奏に出てくるアルペジオは、詩に合わせて鳥の鳴き声を音で表現したものかと思いますが、今回の演奏では、この部分に実際の鳥の鳴き声も入れてみました。ちょっと小さいですが、「ポポッ、ポポッ」という声で入っているのが、「つつどり」です。耳を澄ませて、聴いてみて下さい。

 歌は、VOCALOID第一世代のMeiko、第二世代の初音ミク、第三世代のMewの共演です。

 これまで宮澤賢治の詩にもとづいた多くの合唱曲を作曲・初演してきた、千原英喜氏と大阪コレギウム・ムジクムのコンビが、東京と大阪で公演を行います。
 大阪コレギウム・ムジクム創立40周年記念にあたり、「千原英喜と宮沢賢治~その魅力の音世界~」と題して、5月24日(日)に東京・浜離宮朝日ホールで、6月28日(日)に大阪・いずみホールで、それぞれコンサートが行われます。
 当日は音楽だけでなく、照明と演出が付いた「シアターピース舞台作品」として演じられるのだということです。また演奏に先立って、作曲の千原英喜氏と、大阪コレギウム・ムジクム主宰の当間修一氏のお二人による、「プレトーク」があるのも楽しみですね。
 プログラムは、下記の4曲です。

種山ヶ原の夜の歌 ―異伝・原体剣舞連

文語詩稿<祭日>
混声合唱とチェロ、ピアノ、パーカッションのために

児童・女声合唱組曲
ちゃんがちゃがうまこ

混声合唱とピアノのための組曲
わたくしという現象は

 「種山ヶ原の夜の歌」および「祭日」は、いずれも2007年大阪コレギウム・ムジクム委嘱作品です。
 出演は、下記のとおり。

指揮・演出: 当間 修一
ピアノ: 木下 亜子
チェロ: 大木 愛一
打楽器: 高鍋 歩 奥田 有紀
笛: 礒田 純子
合唱: 大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団
     大阪コレギウム・ムジクム合唱団

 千原英喜氏による宮澤賢治作品のコンサートには、2007年9月10月2010年12月2014年7月にも行ったのですが、いずれも印象に残る素晴らしい体験となりました。
 賢治ファンには、お勧めのコンサートだと思います。

大阪コレギウム・ムジクム「千原英喜と宮沢賢治」

【参考】
 ちなみに下記は、これまでに私が VOCALOID で演奏してみた千原英喜作品(の真似事)です。

・「雨ニモマケズ
・「ちゃんがちゃがうまこ
・「宮沢賢治の最後の手紙

 宮澤賢治は1933年(昭和8年)9月11日に、元教え子の柳原昌悦にあてて、一通の手紙を書きました。死の10日前に、原稿用紙に書かれたこの書簡が、賢治の最後の通信となりました。
 この手紙は、彼の生涯で最後のものであるという位置づけにとどまらず、その内容がいろいろな意味で読む者の心を打つために、朗読で取り上げられることもしばしばあります。
 作曲家の千原英喜氏は、東日本大震災の後、このテキストに曲を付けて、「朗読とユニゾンによる宮沢賢治の最後の手紙」を作られました。そして千原氏は、カワイ出版が主催する「歌おうNIPPONプロジェクト」に無償でこの曲を提供し、被災地に歌声とエールを届けるという趣旨で、楽譜も公開されたのです。
 深甚な衝撃と喪失を経験したこの国に、「楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう」という、賢治の淡々とした語り口が贈られました。

 私たちは、先日の「第4回イーハトーブ・プロジェクトin京都」においても、千原英喜氏の「雨ニモマケズ」を取り上げて聴衆の皆さんとともに味わいました。実は私はその準備期間から、個人的にこの「宮沢賢治の最後の手紙」にはまってしまって、様々な演奏をYouTubeなどで探しては、繰り返し聴いていました。
 そしてコンサートが終わるのを待ちかねるようにして、この曲をDTMで作成してみたのです。

 下が、とりあえず完成したそのMP3ファイルです。歌は、歌声合成ソフト VOCALOID の Mew、初音ミク、Kaito の3名。
 曲の最後には、ある余分な効果音が入っていますが、これは私が勝手に付けてしまったものです。ご容赦下さい。

♪ 宮沢賢治の最後の手紙(MP3: 5.89MB)

 この曲は、ピアノ伴奏に載せて朗読と歌が交互に登場するという形式をとっています。テキストは下記で、作曲にあたって賢治の原文から( )内は省略され、〔 〕が補われています。

八月廿九日附お手紙ありがたく拝誦いたしました。
あなたはいよいよ(ご)〔お〕元気なやうで実に何よりです。
私もお蔭で大分癒っては居りますが、
(どうも今度は前とちがってラッセル音容易に除こらず、
 咳がはじまると仕事も何も手につかずまる二時間も続いたり、
 或は夜中胸がぴうぴう鳴って眠られなかったり、)
仲々もう全い健康は得られさうもありません。
けれども(咳のないときは)とにかく人並に机に座って切れ切れながら 七八時間は何かしてゐられるやう〔に〕なりました。

あなたがいろいろ思ひ出して書かれたやうなことは最早二度と出来さうもありませんが、
それに代ることはきっとやる積りで毎日やっきとなって居ります。
しかも心持ちばかり焦ってつまづいてばかりゐるやうな訳です。
(私のかういふ惨めな失敗はたゞもう今日の時代一般の巨きな病、「慢」といふものの一支流に過って身を加へたことに原因します。)
僅かばかりの才能とか、器量とか、
身分とか財産とかいふものが何かじぶんのからだについたものででもあるかと思ひ、
(じぶんの仕事を卑しみ、同輩を嘲り、)
いまにどこからかじぶんを所謂社会の高みへ引揚げに来るものがあるやうに思ひ、
(空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味ふこともせず、幾年かゞ空しく過ぎて漸く自分の築いてゐた蜃気楼の消えるのをみては、たゞもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ憂悶病を得るといったやうな順序です。)
あなたは賢いしかういふ過りはなさらないでせうが、
(しかし何といっても)時代が時代ですから充分にご戒心下さい。

風のなかを自由にあるけるとか、
はっきりした声で何時間も話ができるとか、
じぶんの兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうなことは
できないものから見れば神の業にも均しいものです。
そんなことはもう人間の当然の権利だなどといふやうな考では、
本気に観察した世界の実際と余り〔に〕遠いものです。
どうか今の(ご)生活を大切にお護り下さい。
上のそらでなしに、しっかり落ちついて、一時の感激や興奮を避け、
楽しめるものは楽しみ、
苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう。

いろいろ生意気なことを書きました。
病苦に免じて赦して下さい。
それでも今年は心配したやうでなしに作もよくて実にお互心強いではありませんか。
また書きます。


 それにしても、「楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう」との言葉が、何とも心に突き刺さります。死を前にして・・・。

千原英喜「宮沢賢治の最後の手紙」

 千原英喜作曲の児童・女声合唱組曲「ちゃんがちゃがうまこ」の中から、第2曲「ちゃんがちゃがうまこ」の演奏を作成してみました。
 千原英喜氏によるこの組曲は、次のような構成になっています。

1.烏百態
2.ちゃんがちゃがうまこ
3.青い槍の葉
4.祭日
5.敗れし少年の歌へる(第2番)
6.黒い影法師のうた

 今回作ってみた「ちゃんがちゃがうまこ」は、賢治が盛岡高等農林学校在学中に詠んだ方言短歌を歌詞にしたもので、賢治が大好きな馬へ寄せる気持ちが、親しみやすいメロディーに乗せて歌われます。
 冒頭や最後のピアノには、「チャグチャグ」と形容される馬の鈴の音も響きます。

「ちゃんがちゃがうまこ」 3.77 MB(MP3)

夜明げには
まだ間あるのに
下の橋
ちゃんがちゃがうまこ見さ出はた人

ほんのぴゃこ
夜明げががった雲のいろ
ちゃんがちゃがうまこ 橋渡て来る

いっしょけめに
ちゃがちゃがうまこはせでげば
夜明げの為が
泣くだぁぃよな気もす

下のはし
ちゃがちゃがうまこ見さ出はた
みんなのながさ
おどともまざり


 歌は、VOCALOID の Meiko、初音ミク、Mew、ピアノは、Steinway Virtual Concert Grand Basic です。

児童・女声合唱組曲 ちゃんがちゃがうまこ 詩:宮沢賢治児童・女声合唱組曲 ちゃんがちゃがうまこ 詩:宮沢賢治
千原 英喜

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 去年の12月23日(祝)の昼前、京都バッハ合唱団の I さんから、突然メールが来ました。

「告別」の歌詞なんですが、「おまへはひとりであの石原の草を刈る」の石原は、いしはらなのかせきげんなのか、もめております。どうなんでしょう?

とのこと。
 京都バッハ合唱団は、12月25日の公演で、バッハの「クリスマス・オラトリオ」とともに、千原英喜作曲「混声合唱とピアノのための組曲 雨ニモマケズ」を歌うことになっていて、これはその本番直前の、緊迫したオーケストラ合わせの練習の最中のことだったのです。

 この「告別」とはもちろん、「春と修羅 第二集」に収められているあの名作です。

三八四
  告別
               一九二五、一〇、二五、

おまへのバスの三連音が
どんなぐあいに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた
もしもおまへがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう
泰西著名の楽人たちが
幼齢 弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがやうに
おまへはそのころ
この国にある皮革の鼓器と
竹でつくった管(くわん)とをとった
けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大低無くすのだ
生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ
云はなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう
そのあとでおまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまへをもう見ない
なぜならおれは
すこしぐらゐの仕事ができて
そいつに腰をかけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ
もしもおまへが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる
おまへはそれを音にするのだ
みんなが町で暮したり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ
もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

 この最後から9行目に、「おまへはひとりであの石原の草を刈る」という問題の箇所があります。この「石原」を、「いしはら」と歌うのか、「せきげん」と歌うのかということが、合唱団で問題になっていたというわけですね。
 これが議論になったことには、ちょっとした背景がありました。

 千原英喜作曲「混声合唱とピアノのための組曲 雨ニモマケズ」は、「I. 告別(1)」、「II. 告別(2)」、「III. 野の師父」、「IV. 雨ニモマケズ」という4つの曲から構成されているのですが、その出版楽譜(下記)においては・・・

混声合唱とピアノのための組曲 千原英喜 雨ニモマケズ 混声合唱とピアノのための組曲 千原英喜 雨ニモマケズ
作曲 千原英喜 作詩 宮沢賢治

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「II. 告別(2)」(p.31)の中で、次のように歌詞は記入されています。

千原英喜「告別(2)」より

 すなわち、作曲者は「いしはら」と読ませているんですね。
 となると、もう答えは出ているではないかと思われるでしょうが、ここにもう一つの要素がからんでくるのです。

 この「混声合唱とピアノのための組曲 雨ニモマケズ」は2007年9月に京都において初演され、その演奏会は私も聴きに行ってきたのですが、この初演においては、問題の箇所は「あのせきげんのくさをかる」と歌われ、さらにこの夜の演奏が、『千原英喜作品全集 第5巻』としてCDになり、発売されているのです。

千原英喜作品全集 第5巻 ~宮沢賢治による作品集~ 千原英喜作品全集 第5巻 ~宮沢賢治による作品集~
当間修一 大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団

大阪コレギウム・ムジクム 2009-03-15
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 この初演には、作曲者の千原英喜氏も立ち会い、また上記CDのライナー・ノートには千原氏自身が、

ここに収められたどれもが、私がこれまで聴いた彼らの演奏中、最高潮の、歌う喜びと幸せに溢れている。CD化によって皆さんに聴いていただけるのが嬉しい。私の絶好調の作品群、会心の一枚である。

とまで書いて「お墨付き」を与えているのですから、作曲者は「せきげん」という読みの方を「公認」したのだろうかとも、あながち思えなくもありません。

 私自身は、これまで深く考えることもなく「いしはら」と読んでいたのですが、あらためて正式に問い詰められると、「いしはら」だと断定する確固とした根拠を持ち合わせているわけでもありません。
 大事な本番を控えた合唱団の方に、どうお答えすればよいのか・・・。私は迷ったあげく、とりあえず賢治の他の作品における「石原」の用法を調べて、下記のようなお返事を送りました。

 宮沢賢治自身がこの箇所に振り仮名を付けているわけではないので、これは確定的な答えは出ない問題ですが、私は「いしはら」でよいと思います。
 賢治の作品に「石原」という単語が登場する例は結構たくさんあります。
唯一生前に刊行された童話集『注文の多い料理店』の中に「鹿踊りのはじまり」という作品が収められていますが、その一節に、

「いくつもの小流(こなが)れや石原(いしはら)を越(こ)えて、山脈(さんみやく)のかたちも大(おほ)きくはつきりなり、・・・」

という箇所があります。ここでは賢治自身が「石原」に「いしはら」とルビを振っているようです。
 これが、最も有力と思われる「いしはら」の根拠です。

 それ以外には、短歌において

北のそら見えずかなしも小石原ひかりなき雲しづに這ひつゝ
岩手やま焼石原に鐘なりて片脚あげて立てるものあり

という例がありますが、これらもそれぞれ語感から、「こいしはら」「やけいしはら」だろうと推測されます。
 上記以外の他の用例からは、はっきりした推定はできませんが、私としては上に引用した例から、賢治は「石原」という語を、平素から「いしはら」と読んでいたのだろうと考えます。

あと、これを補足するつもりで、続けて下記のようなメールや、

 あと、詩「告別」の朗読においても、私の聴いた範囲内ではすべて「いしはら」と読まれていたと記憶します。

とか、

 一般的に考えても、「雪原(せつげん)」ならともかく、「石原」の読みとして「せきげん」は、ちょっと普通は耳にしないですよね。
 コンサートの聴衆にとっては、「せきげんの草を刈る」と聴いて「石原」と理解してもらうのは困難でしょうから、やっぱり「いしはら」の方が「聴衆にも優しい」と思います。

などというメールをお送りしたりしました。

 私の返答メールは、I さんの携帯から指揮者さんの携帯に転送され、結局、本番では「いしはら」と歌うことになったとのことでした。(私は残念ながらこの12月25日の公演は聴けなかったのですが、聴きに行かれた星野祐美子さんが、ブログで「すごくよかった」と書いておられます。)

 以上、本来なら専門の研究者の方にお尋ねして、責任を持って回答すべきかとも思ったのですが、本番直前の練習中ということで、急いで自分なりのお答えをしたという一連の経緯です。
 しかし、100%正解と断定できる問題でもないので、今でも時々思い出しては、あれでよかったんだろうか、と考えてみたりもしています。

◇          ◇

 それはともかく、この「京都バッハ合唱団」による「組曲 雨ニモマケズ」の公演が、またこんどの日曜日に京都で開かれます。曲目は、この「告別」を含んだ「組曲 雨ニモマケズ」に加えて、J.S.バッハのモテット第5番「来たれ、イエスよ、来たれ」、マタイ受難曲より「神よ、憐れみたまえ」、ヘンデル「詩編曲「主は言われた」、芥川也寸志「弦楽のための三章 トリプティーク」。
 1月23日(日)の午後4時開演で、場所は「日本聖公会 聖マリア教会」です。教会は、平安神宮の北東にあたり、丸太町通に面しています。
 また、同じプログラムで、3月6日(日)に福岡・西南学院大学チャペルでも公演が行われます。

 もちろん、他の曲目も楽しみですが、この「組曲 雨ニモマケズ」の弦楽合奏版は、なかなか実演では聴ける機会が少ないと思いますので、お時間のある方にはぜひお奨めしたいと思います。

京都バッハ合唱団/バッハ・ストリングアンサンブル

 2007年9月に初演された、千原英喜作曲の混声合唱組曲「雨ニモマケズ」が、このたび京都で、弦楽合奏伴奏版で再演されます。合唱は、バッハの教会音楽を中心に多彩な活動を続けている「京都バッハ合唱団」。
 私は、「大阪コレギウム・ムジクム」による初演もその場で聴ける幸運に恵まれましたが、この時はピアノ伴奏バージョンだったのが、今回は弦楽合奏バージョンということで、また一段と楽しみです。なにせ、「告別」の「おまへのバスの三連音が・・・」という箇所では、実際にバスが三連音を奏で、「そらいっぱいのパイプオルガン」の箇所では、パイプオルガンの響きになるというのですから・・・。
 私も、VOCALOID による演奏で、この組曲のうちの「雨ニモマケズ」を再現してみたことがありますが、そんな真似事はさておき、少しでもこの曲に興味を持たれた方には、ぜひ実演でその本当の素晴らしさを体験していただきたく思います。

 下は、京都の由緒ある居酒屋のお女将をしておられる同合唱団の事務局演奏会担当者様から、先日いただいてきたチラシです。
 千原英喜作曲「雨ニモマケズ」は、今月のクリスマスコンサートと、来年1月の京都公演、3月の福岡公演において歌われます。

京都バッハ合唱団12/25

京都バッハ合唱団1/23, 3/6

2010年12月25日(土) 午後2時30分開演
京都府民ホール・アルティ にて
問い合わせ:バッハアカデミー関西 075-211-2373

2011年1月23日(日) 午後4時開演
日本聖公会 聖マリア教会(京都市左京区岡崎) にて
問い合わせ:バッハアカデミー関西 075-211-2373

2011年3月6日(日) 午後4時開演
西南大学チャペル(福岡市早良区) にて
問い合わせ:バッハ・ストリングアンサンブル 090-4984-7839

れんこんや

 『千原英喜作品全集大5巻ー宮沢賢治による作品集ー』というCDが発売されました。

千原英喜作品全集 第5巻
~宮沢賢治による作品集~

当間修一 木下亜子

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 作曲家千原英喜氏による宮沢賢治の詩にもとづいた合唱曲を、当間修一氏指揮の大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団の演奏で収録したものです。

 内容は、下記のとおりです。

  1. 混声合唱とピアノのための組曲「雨ニモマケズ」
     I   告別(一)
     II  告別(二)
     III 野の師父
     IV  雨ニモマケズ
  2. 文語詩稿<祭日> 混声合唱とチェロ、ピアノ、パーカッションのための
  3. 種山ヶ原の夜の歌 ― 異伝・原体剣舞連
  4. 雨ニモマケズ ― 単独演奏・絶唱付 ―

 1.および 4.は、2007年9月30日の京都府立府民ホールアルティでの、また2.および3.は、同年10月28日の大阪・いずみホールでの、いずれも日本初演時のライブ録音です。私は幸運にも、その両方の演奏会に行くことができましたが(「大阪コレギウム・ムジクム演奏会(その一)」「大阪コレギウム・ムジクム演奏会(その二)」参照)、初演時の熱気をそのままに新鮮パックした、素晴らしいCDです。

 指揮者の当間修一氏によるCDのライナーノートが、その演奏会の雰囲気と、このCDについても直截に物語ってくれていると思いますので、その一部を下に引用させていただきます。

ここに収録されている曲の初演日、今思い出してもその時の興奮が蘇る。
何かしら神秘的なものさえ感じていた時の流れの日だった。
こういった演奏会は望もうにもそうあるものではない。
それはきっと自分の奥底で何かが起こる、と予感していたからなのだろう。
千原作品の演奏の中でもこれは特別なことだったかも知れない。

宮沢賢治という一人の偉大な人物に私が大いなる尊敬と魅力を感じていた、というだけではそれを説明することはできない。
確かに賢治の純真さ、一途さ、希求の強さ、優しさ、といったものが私の望んだものと共振したからなのだろうが、そうだとしてもそれがあの日の興奮、高揚に繋がった最も大きな原因だとも思えない。
それははっきりしている。そこに確かな「千原英喜」音の世界があったからなのだ。
千原の音の中で、私の思いと堅持の精神が交わり、そして燃焼した。
「千原英喜」の「音」が賢治と私とを結び付けたのだ。
これは希有な作品である。(後略)

 この演奏会をきっかけとして、私は僭越にも千原英喜作曲「雨ニモマケズ」を VOCALOID で合成演奏してみたりしましたが、当代随一の指揮者や合唱団員一人一人の方々の、プロの「人間の力」の結集の前では、お恥ずかしいかぎりです。
 「文語詩稿<祭日>」や「種山ヶ原の夜の歌」も、様々な打楽器が入って、土俗的な雰囲気が面白いものです。

 このCDは、賢治の歌曲に興味をお持ちの方には、お奨めの一枚だと思います。

 千原英喜作曲「混声合唱とピアノのための組曲」の終曲、「雨ニモマケズ」を、「歌曲の部屋~後世作曲家篇」にアップしました。また podcast でも公開しました。

 これは2007年9月に初演されたばかりの新しい曲ですが、普通の意味で「感動的」な曲で、作曲者自身が、「賢治の世界と対話しながらの創作の日々、書き留められて行くメロディーやハーモニーのひとつひとつに喜びを感じながら、至福の時を過ごした」ということです。
 そして、この終曲「雨ニモマケズ」については、楽譜に掲載されている「曲について」という文章の中で、千原氏は次のようにコメントしておられます。

 さぞかし無念だったろう。晩年の病床の中で諦念をもってしたためられた詩・祈りである。賢治は “サウイフモノニ、ワタシハナリタイ”のである。詩の冒頭 “雨ニモマケズ、風ニモマケズ” にヴァイタリティを感じてはならないと人は言うかもしれない。しかし私には雨風の中へ勇猛果敢に飛び出し行く賢治の姿が見えるのだ。東に西に人々を励まし歩く声が聞こえて来るのだ。彼の一生を顧みて、つねに企画し、挫折し、また新たに物事をおこす前向きなエネルギーに心打たれる。私は賢治の魂にエールを送ろう。哀憐の調べではなく、勇気奮い立つ響きで彼を讃えよう。そして賢治とともに私は颯爽と山野をかけめぐるのだ。Alla Marcia―行進曲風に、活き活きと、アッコード(和弦)に力漲らせて。曲は今を生きる皆への応援歌、命の讃歌だ。

 まさに「今を生きる皆への応援歌、命の讃歌」としての「雨ニモマケズ」という曲が、新たに誕生したわけですね。初演を歌った「大阪コレギウム・ムジクム」の「合唱団日誌」には、「衝撃の「雨ニモマケズ」」という記事も載っています。

 MP3 は、下記から聴くことができます。混声合唱のソプラノは初音ミク、アルトは Meiko、テノールとバスは Kaito ですが、やっぱりどうしても機械っぽいのはご容赦を・・・。

「雨ニモマケズ(千原英喜作曲)」(MP3: 6.87MB)


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

 

 混声合唱組曲「雨ニモマケズ」千原英喜  混声合唱組曲 千原英喜 雨ニモマケズ
 詩 宮沢賢治
 作曲 千原英喜

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 今日は一日、先週発売になった千原英喜作曲混声合唱組曲「雨ニモマケズ」の譜を、DTM に打ち込んでいました。
 昨年の9月30日に、京都におけるその「世界初演」を聴きに行った曲です。組曲の終曲「雨ニモマケズ」はとてもわかりやすいメロディーで、今年になってもずっと耳に残っていました。きっとアマチュア合唱団の間でも、人気のレパートリーになるのではないでしょうか。
 いつかそのうちに、この曲を、「賢治祭」の場で歌うグループも出てくるのではないかと予想します。

 演奏が完成したら、「歌曲の部屋~後世作曲家篇」にアップしたいと思いますが、まだ大分かかりそうです。

 先月の京都公演につづき、宮澤賢治をテーマとした「大阪コレギウム・ムジクム」の合唱コンサートに、昨夜行ってきました。
 プログラムは、当初の発表よりもさらに充実して、下記のようなものでした。

(朗読 書簡「大正十四(1925)年二月九日 森佐一あて 封書」)

千原 英喜 作曲:
 文語詩稿<祭日>混声合唱とチェロ、ピアノ、パーカッションのために [世界初演]

(朗読 「注文の多い料理店」序)

林 光 作曲:
 ポラーノの広場のうた
 祈り(「烏の北斗七星」より)
 冬と銀河ステーション
 海だべがど(「高原」合唱版)
 鳥のように栗鼠のように
 星めぐりの歌 (ヴァイオリンオブリガート付)

(朗読 書簡「大正十(1921)年〔十二月〕 保阪嘉内あて 封書」
     青森挽歌(抄))

西村 朗 作曲:
 同声(女声または男声)三部合唱とピアノのための組曲 永訣の朝
   I  永訣の朝
   II  松の針
   III 無声慟哭

―休憩―

木下 牧子 作曲:
 混声合唱と管弦楽のための 原体剣舞連 改訂版

(朗読 「告別」)

千原 英喜 作曲:
 種山ヶ原の夜の歌 ―異伝・原体剣舞連 [世界初演]

 ご覧のように、音楽の演奏と、短い「朗読」が、交互に繰り広げられていく形式で、朗読の担当はあの常田富士男さんでした。一つの演奏が終わって舞台が暗転すると、常田さんがスポットライトを浴びつつトボトボと登場するという感じで進み、常田さんの素朴な語り口が、またとてもよい雰囲気でした。
 会場となった「いずみホール」には、舞台の奥に美しいパイプオルガンが設置されているのですが、「告別」の最後の、「そらいっぱいの光でできたパイプオルガン」の箇所では、思わずそのパイプオルガンの太い銀色のパイプを、仰ぎ見ていました。

 プログラムの後半は、おそらく意識的に、「原体剣舞連」をもとにした作品が並べられていました。木下牧子氏の作品においては、西洋楽器のオーケストラと日本の土俗的なリズムや言葉が激しくせめぎ合い、千原英喜氏の作品では、一転して櫓太鼓や平太鼓や笛や鉦に乗って、日本的な(縄文的な?)声や響きがホールをどよもしました。

 それにしても、賢治の「原体剣舞連」というテクストが持つ、呪術的とまで言えるような言葉のエネルギーを、あらためて実感した夜でした。

西村朗:同声(女声または男声)三部合唱とピアノのための組曲「永訣の朝」冒頭

 先日ご紹介した、「大阪コレギウム・ムジクム」による合唱コンサート「宮沢賢治の世界 その一」を聴きに行ってきました。

 「世界初演」だった、千原 英喜作曲の「混声合唱とピアノのための組曲「雨ニモマケズ」は、I 告別(1)、II 告別(2)、III 野の師父、IV 雨ニモマケズ、という四楽章構成になっていて、平易な調性音楽で書かれた親しみやすいものでした。最後に作曲者も登壇して拍手に応えられましたが、その願いのとおり、今後全国のアマチュア合唱団のレパートリーの一つになっていくような曲だろうと思います。
 CD作成のための録音をしているということで、会場には独特の緊張感が漂っていましたが、聴衆の皆さんの反応も非常に好意的で暖かなものでした。

 指揮をした当間修一氏は、特に初期バロックの作曲家ハインリヒ・シュッツの研究や演奏活動において著明な業績を上げておられる方ですが、今夜のプログラムに、ご自身の賢治に対する思いを、次のように書いておられました。

 私が魅了される「宮澤賢治」、第一には、≪熱く、うごめく思い≫でしょう。賢治は行動します。居ても立ってもいられない思いに駆られて彼は進みます。この熱い思いは彼の骨幹です。第二は≪弱者に眼差しを向けるヒューマニズム≫。彼の生涯は、「尽くし」の生き方でした。育て、養い、援助はほぼ無報酬的な、自己犠牲も顧みない行為にもとづくものでした。第三は≪言葉の音(おん)の魅力、そしてリズム≫。これは彼の心の底から沸き立つ「言霊(ことだま)」としての魅力です。
 そして最大に私が魅了されるわけは彼の特異な≪自然との交感力≫です。彼ほど「自然界」と溶け合い、同一に戯れ、喜んだ人間は希有でしょう。

 まさに、そのような「熱い」賢治理解に基づいた演奏・歌声でした。

 次の「宮沢賢治の世界 その二」は、10月27日に大阪いずみホールです。

 大阪コレギウム・ムジクム「宮沢賢治の世界 その一」

[ 今夜のプログラムから ]
・ 高田 三郎 「水汲み」
・ 鈴木 輝昭 「イーハトーヴ組曲」より