タグ「テレビ番組」が付けられている記事

 もう今日(12日水曜)になりましたが、夜の10時からNHKの「歴史秘話ヒストリア」という番組で、宮沢賢治が取り上げられます。題して、「雨にも負けぬサラリーマン ~宮沢賢治 最期の2年半~」。おもに、晩年の東北砕石工場技師時代に焦点を当てるようです。
 賢治ファンの方々は、どうかお見逃しなく・・・。

 番組には、下の本の著者である佐藤竜一さんも登場されるそうです。

宮澤賢治あるサラリーマンの生と死 (集英社新書 461F) 宮澤賢治あるサラリーマンの生と死 (集英社新書 461F)
佐藤竜一

集英社 2008-09-17
売り上げランキング : 337126
Amazonで詳しく見る


NHK「我が友 宮沢賢治」

 NHK甲府放送局が制作し、11月9日および22日に放送された「我が友 宮沢賢治」という番組のビデオを、韮崎の向山さんが送って下さっていましたが、今日はあらためて動画をパソコンに取り込んで、ゆっくりと見ることができました。
 演劇部に所属する現代の女子高校生が、たまたま賢治の作品を取り上げることをきっかけにして、地元出身の「保阪嘉内」という青年が賢治と深い親友であったことを知り、二人の友情について考えていく・・・というような構成です。

 最初は、「保阪嘉内って誰?」というところから出発した高校生たちが、賢治と嘉内の友情とその結末について、現代の自分たちにも引き寄せつつ、真摯に語り合う姿が、初々しくも好感が持てました。
 賢治が嘉内あての書簡に「南無妙法蓮華経」などと執拗に書いて、これでもかとしつこく信仰を迫るところなど、今の高校生が違和感を感じるのも無理もないと思いますが、「宮沢賢治が暑苦しすぎる」「空気が読めてない」「そう、KY(笑)」「KY、KY(笑)」という意見がある一方で、ここまで一途で熱いところに憧れる、という子もいました。

 あと、何と言ってもこの番組の見どころは、主人公の子がちょっとしたけがをした時に、かの保阪庸夫さんが、医師として登場されるところです。

 保阪庸夫さんの演技もなかなか味があって見事で、2回目の診察の後には、自分が嘉内の息子であることを明かし、主人公を生家に案内するのです。そして、嘉内の生きた時代背景や当時の若者の青春について、縁側で語ってきかせるのでした。
 この、幾世代かを越えた対話の部分が、番組の白眉と感じられました。

 素朴な番組ですが、賢治ファンとしてはぜひもう一度、こんどは全国放送をしてほしいところです。

 今日は午後1時からNHKのBS2で、「体感☆いわて 宮沢賢治が愛した理想郷(イーハトーブ)」という生放送の番組がありました。賢治の人となりを紹介するとともにゆかりの地を訪ね、岩手の美しい自然を体験する、というような企画です。
 スタジオのゲストとして、映画監督の山本晋也さん、盛岡出身のタレント山川恵里佳さんとともに、イーハトーブ館の牛崎敏哉さんが出演しておられて、牛崎さんは賢治に関していろいろ奥深い解説をする役どころでした。

 番組の内容は、小岩井農場や狼森あたりを歩く「雫石と賢治を語る会」のメンバーの中継、花巻農業高校にある「賢治先生の家」(羅須地人協会の建物=下写真)からの中継、スタジオにさまざなま賢治愛好家(「ケンジスト」と呼ばれる)を招いてのお話、などでした。
 その「ケンジスト」の一人としては、先月にその画廊を訪ねさせていただいた滝田恒男さんも出演し、たくさんの絵が紹介されていました。滝田さんの絵は「味がある」と、山本晋也監督もベタぼめです。

 それにしても今日の岩手県はとてもよい天気で、岩手山の姿も美しく空に映えていました。

体感☆いわて 宮沢賢治が愛した理想郷(イーハトーブ)

賢治関連のサスペンスドラマ?

  • 記事分類:

 番組紹介の中に「宮沢賢治」というキーワードが含まれていたためか、うちのHDDレコーダーは、日テレで今晩放送された「妻の秘密・夫の不貞・姑の見栄」という2時間ドラマを、自動的に録画してくれていました。
 題名だけ見ると、どこが宮沢賢治やねん、という感じですが、よくサスペンスもので新聞のTV番組欄に付けられている長い「副題」のようなもの(?)は、次のとおり。

涙のホームサスペンス―盛岡発12時28分やまびこ56号空白の80分の謎―宮沢賢治の童話に隠された愛の悲劇…女心が鬼の心に変わった!」・・((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

 で、実際に番組を見てみると、なかなか「賢治の童話」が出てこなくてハラハラさせられたのですが、結局は「なめとこ山の熊」でした。

大空滝 池内淳子演ずる継母が、なかなか自分になついてくれない義理の娘(浅野温子の子供時代)に、絵本の「なめとこ山の熊」を読んでやることを通じて、はじめて「おかあさん」と呼んでもらえたという伏線があって、その後ある事情のために池内淳子が自殺を決意した時、「なめとこ山の熊」の絵本に出てきた「大空滝」を思い出して、その滝の前へ行って死のうとする、というのが一つの山場でした。

 「賢治童話」が小道具とされた意味あいはさておき、その場面では、私も一昨年に賢治学会春季セミナーでなめとこ山を訪ね、大空滝を遠望した時の景色が再現されて、しばし懐かしい思いにひたれました。

 しばらく個人的な都合のために更新ができませんでしたが、世情寒々しいこの師走の日々、皆さまお変わりなくお過ごしでしょうか。

 今日、久しぶりに家でテレビを見たのですが、12月4日に放送されたのを録画していた「イーハトーブ幻想~宮沢賢治・音楽への旅~」を再生してみました。「NHKアーカイブズ」と題して昔の番組を再放送しているシリーズで、もとの番組は1992年に制作されたものです。
 私は、当時は見ていなかったので初めての視聴でした。チェリストの倉田澄子さんがチェロをかかえて案内役となり、賢治のもと教え子の長坂(川村)俊雄さんや照井謹二郎さんらを訪ねて話を聴き、また佐藤泰平さんによる賢治歌曲の解説、こんにゃく座による「飢餓陣営」の野外上演、「鶏の黒尾を頭巾にかざ」った原体の稚児剣舞の様子など、とても盛り沢山な内容でした。ほんとうに貴重な映像がいっぱいで、再放送してくれたNHKにも感謝です。

「イーハトーブ幻想~宮沢賢治・音楽への旅~」 番組の構成は、倉田澄子さんによる「精神歌」のチェロ独奏(右写真)に始まり、花巻農業高校の卒業式における生徒たちの「精神歌」の合唱に終わるという形になっていて、さしずめこの歌が、全編を貫いています。小さくて見にくいのですが、右の画面中央には、賢治がうつむいて立つ例の写真の姿があります。実際に田んぼの中に、このような大道具をこしらえてあるようですね。

 またできたら近いうちに、「精神歌」について最近感じたことを書いてみたいと思います。

「おーい、ニッポン~岩手県」

 今、NHK衛星第二で、「おーい、ニッポン ~ 私の・好きな・岩手県」というのを、放送しています。日本中の各都道府県を、順に取り上げているシリーズ番組ですね。午前10時から始まっていたようですが、私は知らずにいて、昼すぎに気づいて見はじめました。
 花巻農業高校の生徒が中心になった「賢治にささげる大花壇プロジェクト」というのも番組の一企画として同時進行でやっていて、盛岡市西の御所湖畔に、大きな花壇を造成しています。
 番組は、午後7時まで続くようですよ。


 結局、「おーい、ニッポン ~ 私の・好きな・岩手県」では、「賢治にささげる大花壇プロジェクト」として、賢治設計の「日時計花壇」、銀河鉄道をかたどった花壇、銀河の星を表した花壇などが、8時間ほどかけて番組内で完成されていました。
 日時計花壇のまん中の、影を作るための棒(ノーモン)は、ほぼ等身大の木彫りの賢治像(当サイトのバナーにも使っているあの有名な姿)になっていて、なかなか魅力的だったのですが、最近は林風舎®さんがこの図像も商標として登録しているので勝手には使えないそうですから、はたして大丈夫なのかと、ちょっと余計な心配をしてしまいました。
 番組の最後には、岩手を中心に活躍するシンセサイザー・ユニット「姫神」の星吉紀氏の編曲のもと、「ふるさとラプソディー」という題で、江刺鹿踊り、外山節、北上夜曲、南部牛追い歌などとともに、「星めぐりの歌」も地元の合唱とオーケストラで演奏され、にぎやかに締めくくられました。
 今日の番組の「総集編」は、7月30日(土)の午後1時半からも放送されるそうですので、見逃した方はどうぞ。

 今日午後2時からNHK教育で、「こころの時代」シリーズの一つとして、山折哲雄氏に話を聞く「“デクノボー”という生き方」という番組をやっていたので、見てみました。
 内容は、先頃山折氏が刊行された『デクノボーになりたい』(小学館)という本の第二章「「デクノボー」とは何か」の内容を、おおむねわかりやすく解説してくれるようなものでした。

 宗教学者の山折氏が、ことに最近になって「デクノボー」概念にこだわるようになったきっかけは、氏自身も花巻出身である縁もあって、「花巻のトルストイ」と呼ばれたキリスト者・斎藤宗次郎の自叙伝の一部を、最近編集出版されたことによるようです。
 ここで「斎藤宗次郎がデクノボーのモデル」という話にもつながってくるのですが、じつは山折氏自身は、斎藤宗次郎を「デクノボーのモデルである」とする言い方は、慎重に避けておられます。今日見た番組でも、「モデルが誰かと論じはじめると、非常に薄っぺらな話になってしまう」と語っておられ、あくまで宮澤賢治がある時期に出会い、たがいに尊敬しあった人間として、その人物像が賢治の心の中に何かの影響を残したのではないか、というお話です。

 デクノボーのモデル論としては、法華経に出てくる「常不軽菩薩」(詩碑解説参照)との関連が指摘されたり、最近でもイーハトーブセンター掲示板では、「良寛和尚」の話が出たりしていますが、確かに、こっちがモデルで、あっちは違う、などという話になってしまっては、不毛になりますね。

 また山折氏のお話では、賢治の「宗教的な重層性」という視点も印象的でした。
 青年期以降は法華経を深く信仰し、一時の彼の行動はかなり「狂信的」で、保阪嘉内に法華経を無理強いしている頃の書簡などは、読んでいてちょっとうんざりしてしまいます。その後はより穏やかになったとはいえ、死の間際にも法華経を山に埋めるよう遺言したように、信仰は終始一貫していた賢治でした。現代でもそうですが、たいていの日蓮系の教団というのは、一神教に近いような原則性・排他性を持っていて、賢治も一面では、そうであったと言えます。
 しかし山折氏は、少年期までの浄土真宗、青年期のキリスト教との出会いが、作品にも様々な影響を与えているところなどから、賢治の信仰はかなり「重層的」だったということを指摘されます。確かに、科学的な農業を勧める一方で「庚申信仰」に興味を示したり、「剣舞供養碑」や「出羽三山の碑」の絵を晩年のメモに書きつけたり、私としても賢治の関心が宗教においても非常に多元的であることを感じていました。さらに、昨年夏に花巻で調べ歩いた時、彼が「経埋ムベキ山」に選んだ山々が、ことさら神仏習合的な土着信仰にいろどられていた点も、心に残っています。

 番組の最後で山折氏は、これからの自分の研究人生のことを、「デクノボー」と「同行二人」となるつもりだと述べておられました。今後も実り多いお仕事を期待したいと思います。