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2019年3月24日 『宮沢賢治「文語詩稿 一百篇」評釈』出版

 信時哲郎さんの『宮沢賢治「文語詩稿 一百篇」評釈』(和泉書店)が、ついに出版されました。

宮沢賢治「文語詩稿 一百篇」評釈 宮沢賢治「文語詩稿 一百篇」評釈
信時 哲郎 (著)

和泉書院 (2019/2/28)

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 信時さんは、2010年に上梓された『宮沢賢治「文語詩稿 五十篇」評釈』によって、翌年に「第21回宮沢賢治賞奨励賞」を受賞されましたが、それから9年の歳月が経ち、その後の厖大で緻密な研究の成果を、こうしてまた私たちの手元で利用できる形にして下さったのです。
 ちなみに、本文は744ページ、本の厚さは4.3cmあります。

 皆様もご存じのように、賢治の文語詩というのは、彼が最晩年に至ってそれまでの人生を回顧し、その生涯における様々な一コマを切りとって、その都度の自らの感慨とともに凝縮し、最後は単純で美しい珠玉のように「結晶化」させたようなテキストです。そこでは、言葉があまりにも圧縮され切り詰められているために、ちょっと読んだだけでは意味不明で難解なものが多いですが、その奥深い含意や賢治の感情が読み解けてくると、何とも味わい深い感動をもたらしてくれます。
 そのように、一見取っつきにくい賢治の文語詩の世界を旅してみる際に、この『一百篇評釈』は9年前の『五十篇評釈』とともに、最高の導き手になってくれるに違いありません。

 本書の構成は、101篇の各文語詩ごとに、作品「本文」の掲出に続き、「大意」、「モチーフ」、「語注」、「評釈」が記され、最後に「先行研究」の一覧が掲げられています。
 「大意」の項では、削ぎ落とされた賢治の表現を適宜補いながら、作品内容を簡潔な口語訳にしてくれていますので、何のことを言っているのかわからないような難しい文語詩も、ここを読むだけで「ああそういうことだったのか」と一瞬にしてわかるようになっています。
 次の「モチーフ」という項がまた秀逸で、作品の背景や、賢治の生涯との関連を、コンパクトにまとめてくれていますので、鑑賞のための最小限の基礎知識は、ここで得られるようになっています。
 たとえば、「岩手公園」の「モチーフ」の項目には、

賢治の文語詩は、岩手に生きる様々な人を登場させようとする、いわば「岩手ひとり万葉集」とでもいうものを編もうとする試みだったと思うのだが、定稿を書こうとした段階で、賢治はタッピング一家を思い出したということであったかと思う。

という一節もあって、この「岩手ひとり万葉集」という表現などは、これほどまで綿密に賢治の文語詩を読み込んでこられた、信時さんならではの視点から生まれた言葉だと思います。確かに、この賢治の独自の企画は、「岩手ひとり万葉集」とも言えますね。
 さらに続く「語注」では、難解であったり解釈の分かれる語句を、文献も踏まえて丁寧に説明し、そして中心となる「評釈」では、厖大な先行研究や、出版されていないインターネット上の言説までも幅広く参照して、実に精密な作品分析が行われます。
 私事ながら、私のこのブログを参照していただいている箇所も、全部で実に10か所を数え、それぞれ丁寧に引用した上で、賛成であれ反対であれ真摯に評価をして下さっているのが、本当にありがたく存じます。

 「評釈」の例としては、たとえば『文語詩稿 一百篇』の最初の作品「」は、私も大好きな詩の一つなのですが、これについては作品が掲載された『女性岩手』という雑誌の創刊号の巻頭言やそこに掲げられた精神、また当時の社会情勢を論じて、最後は次のように閉じられます。

 だとすれば、まだ母としての自覚、大人としての自覚の薄い母親が、本当は自分の方が大きな声を出して飛びつきたいくらいの瓜を、黙ってわが子に譲るというシーン、すなわち子どもが大人になり、女の子が女になる瞬間の記述として、賢治は興味深いものとして書き留めたかったのではないか、というようにも読めてくる。そしてそれは、大正六年の感動であるに留まらず、昭和七年に至っても、永続していたのではないかと思えるのである。世に欠食児童が増えていた時期であったからこそ、新しい岩手の生活と文化を担う女性たちへの期待を込めて、賢治はこうした作品を書いたのだと考えたい。

 「定稿」になってしまえば、たった4行の小さな作品で、そこには秋空と雲と風と山とススキと、微笑ましい母子の歩く姿がだけ見えますが、そのさらに奥には、こんな厳しい世相や、女性運動に向かう希望や、暖かい賢治の思いも込められていることが、じんわりと浮かび上がってきます。

 賢治の文語詩というものが、見かけは小さな美しい「結晶」の中に、実は「一つの世界」を宿しているということを、わかりやすく紐解いて教えてくれる、この本は素晴らしいガイドブックだと思います。

written by hamagaki : カテゴリー「賢治関連本

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コメント



さっそくに取り上げていただき、ありがとうございました。
本当にまだまだわからないことだらけですが、いつかスッキリ全部が分かるかというと、そういうこともなさそうなので、とりあえず上梓してみた、という本です。
これからもどんどんと賛成や批判をいただきながら、文語詩研究、文語詩鑑賞の輪が広がってくれれば、と思うのみです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

投稿者 鉄路王 : 2019年3月28日 15:36

鉄路王さま、コメントをありがとうございます。
そうですね、賢治のどの作品の解釈も、「永久の未完成」というところはあるかと思いますが、中でも文語詩はそうですね。

しかし今回のご本によって、全ての人にとってのベースキャンプのような場所ができたと思いますし、本当に素晴らしいお仕事をありがとうございました。

また「文語詩未定稿」篇も、じっくりとお待ちしています。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。

投稿者 hamagaki : 2019年3月28日 16:43


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