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2017年11月 3日 旧羅須地人協会の建物周囲の状況

 今年2017年は、1907年に花巻農業高校の前身である「稗貫蚕業講習所」が開設されて110周年にあたるということで、今日11月3日には花巻で、「岩手県立花巻農業高校創立110周年記念式典」が行われているということです。
 こちらのリーフレットの1ページめの右下の方には、その記念事業の概要が載せられていますが、今日は朝から花巻市文化会館で記念式典が開かれてロジャー・パルバースさんが記念講演を行い、午後からは花巻温泉で祝賀会も行われるようです。
 賢治の時代よりも以前から、連綿と続くその歴史に深く敬意を表するとともに、ここに心からお祝いを申し上げます。

 ところで花巻農業高校というと、その昔に宮澤家の別宅であり、賢治が「羅須地人協会」の活動を行ったあの2階建ての木造建築が、後に他の人の手に渡って、たまたまそれが花巻農業高校の隣接地に移築されたという偶然の幸運をきっかけに、この学校の同窓会が中心となって建物を買い取り、その後ずっと「賢治先生の家」として、生徒さんや関係者の皆様が丁寧に手入れをして下さったおかげで、現在まで外形的には大きな損傷もなく受け継がれ、私たち一般の者も見学できる状態になっていることは、皆様も周知のとおりです。
 この旧羅須地人協会の建物の周囲は、芝生がきれいに整備されて「羅須庭園」と名づけられ、さらに庭園を取り囲むように松などの木々が鬱蒼と立ち並んでいて、この建物がもともとあった下根子桜のあの場所を、彷彿とさせる雰囲気も醸し出していました。
 下の写真は、花巻農業高校の100周年を前に、2006年9月に宮澤賢治の銅像が建てられた少し後に、撮影したものです。

宮澤賢治立像と羅須地人協会の建物

 ところが最近、上の写真の風景に大きな変化があったということを、賢治を愛する知人が教えて下さいました。先月10月21日の時点で、このあたりは下の写真のようになっているということです。

2017年10月の羅須地人協会建物周辺

 ご覧のように、羅須地人協会の建物を包みこむように立ち並んでいた緑の木々が、ほとんど伐採されてしまっており、あの建物がまるで荒野の中にぽつんと建っているかのような感じさえ受けます。
 この建物を裏の方から撮影した写真が下記で、おそらくここに新たに庭園を造成する目的で、木々の伐採がなされたのかもしれません。

羅須地人協会の建物(裏)

 ふたたび花巻農業高校110周年のリーフレットを見ると、110周年記念事業の一環として、「環境整備 賢治先生の家のメンテナンス等」という項目がありますので、その「環境整備」が、これなのかもしれません。
 学校から見て羅須地人協会の建物の向こう側(西側)は、広い舗装道路をはさんで花巻空港の滑走路になっていますので、木々がなくなってしまうと殊更この建物は、本当に殺風景な空間に取り残された形になってしまうのではないかと、私としては気になるところです。

 もちろん、これらの建物や土地は、花巻農業高校やその同窓会が管理しておられるもので、そこに私のような部外者が口をはさむ権限はありません。これまで何十年間も、日々の管理維持をしてもらっておいて、文句だけは言うというのも、おこがましい気もします。
 しかし思えば、10年前の「花巻農業高校100周年記念事業」の際には、旧羅須地人協会の建物内の古い床板を全て撤去して、新しいフローリングに張り替える措置が行われ、全国の賢治ファンに衝撃を与えるという出来事があっただけに、今回の樹木伐採を知人から聞いた時、とりあえず多くの方にこの状況を知っておいていただきたいと考え、撮影者の許可を得て、ここにご紹介をさせていただいた次第です。

 皆様は、どうお感じになったでしょうか。

written by hamagaki : カテゴリー「賢治情報

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コメント



写真を拝見して愕然としました。
私の周辺でも樹木の伐採は知らない間に突然行われ、生物の生息場所が奪われ、元には戻りません。多くは市民の安全のため、という大義名分があるので、抗議の声は途絶えてしまいます。
でも、この場所には、その理由は当てはまりません。「環境整備 賢治先生の家のメンテナンス」を計画されたとき、伐採の先にどのような未来図があるのか、伐採にどのような意味があるのか、周知されたのでしょうか。もちろんこれは全くの部外者の感想です。でも6月に知人が、反対の意志を表明されていたことを思い出し、なぜそこで検討が行われなかったのか、残念です。

投稿者 コバヤシトシコ : 2017年11月 4日 22:56

コバヤシトシコ様、コメントをありがとうございます。

そうですか、すでに今年の6月に、今回の措置に関する何らかの情報があったのですね。全く知らずにいた私も情けないことでした。

今回、樹木の伐採がなされた理由がどういうものであったのか、私もまだ把握できておりませんので、軽々しく一方的なことは言えませんが、また何か情報が入りましたら、この場でご報告させていただきたいと思います。
ただどのような理由があったにせよ、「賢治先生の家」をやさしく包みこんでくれていたあの木々がなくなってしまったのは、本当に寂しいことと、私も感じています。

投稿者 hamagaki : 2017年11月 5日 14:17


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