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2015年9月13日 アイスクリームの製法

 1919年(大正8年)1月6日に賢治が書いた「書簡105」は、日本女子大学在学中に東京で病に倒れたトシを看病しながら、その病状を父親に報告するために、毎日のように出していた手紙の1枚です。

[105] 1919年1月6日 宮澤政次郎あて 封書
(表)巌手県花巻川口町豊沢町 宮澤政次郎様 平信
(裏)一月六日 東京市小石川区雑司ケ谷町一三〇 雲台館 宮澤賢治拝(封印)〆

拝啓
一昨日及昨日の手紙にて折角御心配の御事と存じ候 然るに昨夜は体温も三十八度二分食慾無く渇き甚しき様には御座候へども元気変りなく医師より許可を得て、《蓋ろ重湯の代りとして》アイスクリームを食し候。右牛乳、卵、塩等は差し入れ、氷及器械は病院の品を用ひ附添の者之を作り今後も毎日之を取るべく候。
外に苹果を折角望み候へども、蓮根水と共に之は尚許可を得る迄に至らず候。
今度は又熱上る様の事なく順調に回復致すべく候間御心配被下間敷候。
宅にてはどなたも変り御座無く候や 又本日寄せ書きの葉書到着難有御礼有之候。
旧歳末の繁忙中、永々と滞在誠に恐れ入り候。太郎さん清六の英語等は今度は仕方無之候。皆様にも宜しく御礼奉願候
                                       敬具
   大正八年一月六日                      賢治拝
 父上様

 文中に出てくる、賢治がトシにアイスクリームを作って食べさせたというエピソードが、臨終の間際のトシのためにやはり賢治がみぞれを取ってきて食べさせる、「永訣の朝」の一場面につながるという意味で 、印象的な書簡です。「食慾無く渇き甚しき」というトシの状態に対して、賢治が何とかしてやりたいと苦心した結果なのでしょう。
 「今後も毎日之を取るべく候」とありますから、一時期のトシは、毎日アイスクリームを食べていたと思われます。3年後に彼女が、兄への最後の頼みとして、(あめゆじゆとてちてけんじや)と言った背景には、きっと東京の永楽病院で食べさせてもらったこのアイスクリームの記憶があったに違いありません。
 そして賢治もそれをわかった上で、「どうかこれが天上のアイスクリームになつて・・・」と祈ったのでしょう。
 (この書簡は、11月29日に行う「第7回イーハトーブ・プロジェクトin京都」でも、取り上げる予定です。)

 ところで、この手作りのアイスクリームに関して、「右牛乳、卵、塩等は差し入れ、氷及器械は病院の品を用ひ・・・」と記述がありますが、材料の「牛乳、卵」はよいとして、「塩」とあるのがちょっと不思議です。
 「重湯の代りとして」と書いてあるところを見ると、これはひょっとして「塩味のアイスクリーム」だったのだろうか?などとも考えたりしましたが、その製造方法について考えてみると、答えがわかりました。

 下の画像は、1888年(明治21年)に出版された、『軽便西洋料理指南』(洋食庖人著)という本の、「アイスクリーム(氷菓子)の製法」という項目です。国会図書館デジタルコレクションに収められている中では、最も古いアイスクリームの作り方でした。

アイスクリームの製法

 材料は、牛乳と砂糖と卵の黄身で、凍らす前に鍋で熱を加え、「レモン汁少し」を落としています。
 そしてこれを「ブリキ製の筒」に入れて凍らすのですが、その凍らせ方というのが、「深き桶に入れて筒の周囲に氷塊に鹽(しお)澤山交ぜたるものを入れブリキ筒を廻すべし」というのです。つまり、氷に塩を混ぜ合わせることによって起こる「凝固点降下」を利用しているわけですね。
 氷に塩を混ぜると温度が下がるというのは、皆さんも小学校の理科の実験で経験されたのではないかと思いますが、理論的にはこの方法によって-21.3℃まで下がるのだそうです。

 ということで、賢治がトシに食べさせたアイスクリームの製法も、おそらくこれだったのでしょう。材料の「牛乳、卵、塩等」とある「塩」は、「氷及器械は病院の品を用ひ・・・」の「氷」とともに、冷却用だったということになります。

 ちなみに、なぜ氷に塩をかけると温度が下がるのかというと、氷の表面には少量ながら液体状態(=過冷却)の水の層があって、ここに塩が溶け込んでできた食塩水は「凝固点降下」のために零度以下でも凍らないために、氷を構成している水分子は、徐々に液化して食塩水の方へ移行していきます。(氷表面の過冷却の水の層が食塩水となってしまうために、平衡を保とうと氷から新たな過冷却水がどんどん供給されていくのです。)この際に、固体の氷⇒液体の水という状態変化に伴って熱が吸収されるので、どんどん温度が下がっていくわけです。
 「過冷却の水」という独特の緊張をはらんだ状態は、化学オタクの賢治もお気に入りだったようで、「阿耨達池幻想曲」や「インドラの網」に出てきますが、この状態のおかげで、筒の中ではアイスクリームができあがるのです。

written by hamagaki : カテゴリー「雑記

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