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2015年2月15日 大槌の「風の電話」と賢治の挽歌

風の電話は心で話します
静かに目を閉じ
耳を澄ましてください
風の音又は浪の音が
或は小鳥のさえずりが聞こえたなら
あなたの想いを伝えて下さい
想いはきっとその人に届くでしょう
                       佐々木格「風の電話」より

 「ベルガーディア鯨山」とは、釜石の会社を早期退職した佐々木格さんが、大槌町の郊外の高台に開いた、広大な庭園の名前です。
 ここには、佐々木さんが一つ一つ石を積んで建てた「森の図書館」(下写真)や・・・、

森の図書館

やはり佐々木さんが自ら木材を組み上げて作った「ツリーハウス」(下写真)などが建ち並んでいますが・・・、

ツリーハウス

それらの建物から少し離れて、海の景色が美しい場所にぽつんと建っている白い電話ボックスが、「風の電話」(下写真)です。

風の電話

 電話ボックスの中には、昔ながらの黒電話が一つ置かれているのですが、この電話機の線は、どこにも繋がっていません。ですから、この電話では物理的には、誰とも話はできないのです。
 しかしこの電話機には、他の普通の電話にはないような、特別な機能があります。実はこれは、この世の人と、亡くなった人の心をつなぐために、佐々木さんが設置したものなのです。

 佐々木格さんは、2010年の冬に、いとこを病気で亡くされました。悲しみに沈むご親族の力になればと考え、佐々木さんはこの庭園内に電話ボックスを設置し、暖かくなったら周囲に花を植えようと、2011年の春が来るのを待っていました。
 するとそこに、震災が起こったのです。ここ大槌町では、1万5千人の人口のうち、1284人が死亡または行方不明という惨事になりました。

 このような状況で、この電話が何か人の役に立つかもしれないと思った佐々木さんは、急いで周りの植栽を行いました。そして、これを「風の電話」と名づけて完成したのが、2011年4月のことでした。
 その頃まだ大槌では、現実の電話線も復旧していなかったのですが、5月に新聞記事で紹介されたことをきっかけに、ここを訪れる人がだんだんと増えてきたということです。

 「風の電話」を訪ねてきた方は、まずはこの庭園を散策したり、ベンチに座って海を眺めたりするのだということです。その後、電話ボックスに入って受話器を取り、しばしの時間を持たれるのです。
 ボックス内に置かれているノートに、その思いを書き付けて帰られる方も、たくさんあります。また、千葉県のボランティア団体から寄贈された小さな木彫りのお地蔵さんも置いてあって、ここを訪れる人は、お地蔵さんを自由に持ち帰ってよいことになっています。

 私自身も、2月12日の早朝に、「風の電話」を体験させていただきました。
 電話ボックスの扉を開けて中に入り、また扉を閉めると、中は思ったよりも静かでした。ガラスはきれいに磨かれています。

風の電話の内部

 ノートやお地蔵さんを眺めた後、受話器を手に取ってしばらく耳にあててみました。そして、今は会えないある人に対して、ずっと伝えたかったことを、心に念じてみました。

 実際に「風の電話」を体験して感じたことは、ここに入ってみると、自分を何かに「ゆだねる」というような気持ちが、なぜか湧いてくるということでした。

 しかしまあ、どこにも線の繋がっていない電話の受話器を取って、亡くなった人と「対話」をするなんて、ちょっと「芝居がかった」行為に感じられる向きもあるかもしれません。はたしてこんなことが、何かの役に立つのだろうかという疑問も、ありうるでしょう。
 それでも、この行為に確かな「意味」が存在していることは、震災から年月が経った今でも、わざわざここを訪れて受話器を手にする人が跡を絶たず、中には何度も来られる人もいるという事実が、はっきりと証明してくれています。私がここを訪ねたのは2月11日でしたが、震災から「月命日」にあたるこの日、「風の電話」を訪れる人を取材しようと、複数の新聞社の人も来ていました。

 この舞台装置が「芝居がかった」ものにならずに、実際にしっかりと機能を果たしている理由は、いろいろと考えられます。
 一つには、この電話が位置しているロケーションによるところもあるのでしょう。電話ボックスが設置されているのは、被災地の懐で、豊かな自然に囲まれ、手入れされ落ち着いた庭園の中です。そして、何よりもこの場所からは、あの三陸の海の、「あの日」とは異なった美しい姿を、望むことができるのです。
 そしてまた、この電話を設置して、それを守り続けている佐々木格さんのお人柄も、非常に大きな要素となっていることでしょう。ここに来ればいつでも佐々木さんが優しく迎えてくれて、丁寧に庭園を案内してくれたり、風の電話を使った後はお茶を飲みながら話を聴いてくれたりすることは、多くの人にとって心強い癒やしとなっていることでしょう。
 さらに、ここを訪れる方々同士の横のつながりも生まれ、「子を亡くした親の会」などの自助グループができていることも、当事者の方々にとっては、強い力になっていることでしょう。会の仲間と一緒に、みんなでピザの生地をこね、「森の図書館」の1階に造り付けられている石窯で焼いて食べるという会合も、開かれているのだそうです。

風の電話の内部

 佐々木さんによると、この電話を訪ねて来られた方でも、あまりにも悲しみが深い場合は、最初は電話ボックスに入ることにさえ抵抗感を抱かれるのだそうです。
 そういう方も、しばらくすると入ってみようという気持ちになられますが、それでも当初は、ほとんど言葉も出てこないということです。

 しかしそのうちに多くの方は、抱えてきた悲しみを佐々木さんに切々と話されるようになるのだそうです。それは初めのうちは、亡くなった方に対して自分を責める気持ち、生き残ってしまったことへの罪責感が、ほとんどだということでした。
 それでもいつしか、そのお話もだんだんと穏やかになり、表情も柔和になっていかれるということです。

 大切な人を失い、自分だけが生き残ってしまった時、人はしばしば「サバイバーズ・ギルト(生存者の罪責感)」という感情を抱いてしまいます。「なぜ自分はあの人を助られなかったのか」、「もしもあの時ああしておれば助けられたのではないか」、「自分が殺してしまったようなものだ」、「こんなことなら自分こそ死ねばよかったのだ」、などという思いが、無限ループのように心の中で渦巻きます。このような罪責感は、その人を失った痛切な記憶と固く結びついているので、その記憶がよみがえるたびに、まるで「自動思考」のように発動してしまい、人はなかなかこのループから抜け出すことができません。

 私が「風の電話」で感じた、「自分を何かにゆだねるような気持ち」は、このような「自動思考」を幾分なりとも解除してくれて、心が再び自然な流れを取り戻す上で、一定の役割を果たしてくれているのかもしれないと、ふと思ったりもしました。
 自分の心に浮かぶ考えや感情に流されたり、それらに対して価値判断を差しはさむことなく、ただ心に湧いてくることを客観的に観察しようとするという、「マインドフルネス」という心理アプローチがありますが、この「風の電話」に入ることは、意図せずにこの「マインドフルネス」に似たような心の状態を、作り出してくれているようにも感じました。
 ガラス張りで、中からは周囲の美しい風景がすっきりと見渡せる一方で、一人だけの静かな「守られた空間」でもあるというような不思議な感覚が、何らかの作用をしてくれているのかもしれません。

風の電話からの景色

 上に記したように、人間が深い「悲しみ」を段階的に昇華していく作業のことを、「グリーフ・ワーク」と言います。私は去る2月11日に、佐々木格さんと、県立大槌病院の心療内科医である宮村通典さんと一緒に、宮澤賢治が最愛の妹トシを亡くした後に経験したであろう「グリーフ・ワーク」について、暖炉の火の燃える「森の図書館」で、しばらくお話しをしました。

 トシを亡くした日、賢治は「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」という不朽の三部作を書き付けましたが、その日からおよそ半年間は、少なくとも『春と修羅』に収められる作品は書いていない、文字どおり「無声」の時期が訪れます。
 翌年の6月以降、また創作は再開されますが、今度は「オホーツク挽歌」の章の諸作品のように長大なものが続き、言葉は堰を切ったように大量にあふれ出します。このあたりは、佐々木さんが、「風の電話」を訪れる方々を見ていて感じられた上記のプロセスと、同じような経過とも言えます。

 そして、賢治が「青森挽歌」に記している言葉、「なぜ通信が許されないのか/許されてゐる…」に表現されている葛藤は、まさに故人との「通信」を求めて、「風の電話」を訪れる人々とも、共通するものだと言えます。古今東西にあまねく、さまざまな「霊媒」と呼ばれる人々の存在があるのも、何とかして死者と通信をしたいという、人間の普遍的な願望によるものでしょう。
 賢治の場合は、青森へ向かう夜行列車の中や、稚泊連絡船の甲板や、サハリンの栄浜の海岸などが、トシとの「通信」を可能にするための舞台設定だったように思われます。一方、ここ大槌の「風の電話」には、上に記したようにさまざまな要素が絡み合って、「通信」のための絶妙の環境装置が備わっているわけです。

 賢治にとっても、もちろん一回の旅行だけで、その深刻な「グリーフ・ワーク」が終了したわけではありませんでした。その後もさまざまな作品に、彼の心の軌跡は表れています。
 そして最終的には、たとえば「銀河鉄道の夜」に代表されるような、「人の死の受けとめ方」へと結晶していったのです。

 古今東西、大切な人の死をどう受けとめるかという「ワーク」に求められているのは、きっと本質的にはみんな同じことなのだと思います。

 佐々木さんが設置したこの「風の電話」は、去年には可愛い絵本にもなって、出版されています。
 登場する動物たちのけなげさが、心に沁みます。

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きょうも だれかが やってきました。
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                           (「かぜのでんわ」より)

written by hamagaki : カテゴリー「作品について」「賢治紀行」「雑記

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