← 前の記事へ | メインページへ | 次の記事へ →

2012年4月30日 ネネムからブドリへ

 賢治が1922年(大正11年)頃に書いたと推定されている「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」は、いったん草稿が成立した後にまた手入れが行われ、一部は晩年の「グスコーブドリの伝記」の草稿へと生まれ変わっていきます。物語の全体像としては対極的なまでに異なるこの二つの作品ですが、設定や細かいエピソードは共通していて、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」は、「グスコーブドリの伝記」の、最も古い形の先駆形と言えます。
 形式の上では、そのとおりです。たしかにこの二つの作品は、お話の「容れ物」としてはつながっているのですが、ただその中身においては、あまりにも正反対にかけ離れた内容なものですから、いったい作者はどういう思いで前者を後者へと「発展」させたのかという疑問は、私にはどうしても深くつきまとっていました。
 物語の奥底において、この二つをつなぐものは、いったい何なのでしょうか?

 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の最後の場面で、得意の絶頂にあったネネムが犯してしまったのは、「出現罪」でした。
 「出現罪」というのは、「ばけもの世界」に棲んでいるばけものが、故なくして「向ふ側」=人間世界に姿を現してしまうという罪のことで、ばけもの世界裁判長となったネネムは、ザシキワラシやウウウウエイの出現罪を裁き、最後は自分も足を滑らして、自らこの罪を犯してしまうという羽目に陥ります。
 なぜ、ばけものの「出現」は罪なのか? これについて見田宗介氏は、次のように書いています。

 ザシキワラシは、日本国岩手県のある家の八畳間に風を入れたくてたたみの掃除をしていたために、その家の子どもを気絶させてしまう。ウウウウエイはアフリカ、コンゴの林中で、月夜の晩の土地人の舞踏があまり面白いので、ついつりこまれて踊り出て一群を恐怖散乱せしめるのである。ザシキワラシのしたことは行為としては善行である。ウウウウエイの行為もいわば天心のふるまいである。善行や天心がなぜ罪になるか。それはかれらの存在じたいが、その異形性ゆえにひとびとに恐怖を与えてしまうからである。
 出現罪とは、行為の罪でなく存在の罪である。心やさしいバケモノたちは、自分たちがまちがって存在してしまうことのないように、人間たちのしらないところで自分たちを裁いているのである。(『宮沢賢治』p.139)

 荒唐無稽でユーモラスな「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の底には、ばけものが背負わされているこのような「存在の罪」の悲しみがあるわけです。そして賢治はこの種の悲しみを、さまざまな作品において主題化しています。「よだかの星」も、「銀河鉄道の夜」で女の子が語る蠍のエピソードも、これを直接的に扱っています。

 さて、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」では、出現罪を犯してしまったネネムは、「あゝ僕は辞職しよう。それからあしたから百日、ばけもの大学校の掃除をしよう。ああ、何もかにもおしまひだ。」と言って泣き、物語は終わりました。

「グスコーブドリの伝記」挿画
棟方志功による「グスコーブドリの伝記」挿画(『新校本全集』第十二巻)

 一方、グスコーブドリの出発点も、ネネムと同じような天真爛漫さでした。物語の冒頭、輝かしい子ども時代を謳歌するブドリとネリは、無邪気に動物や植物たちと交流し、鳥たちとも挨拶を交わします。ブドリが学校へ行くようになると、二人は「森ぢゆうの樹の幹に」その名前を書いて歩いたり、「カツコウドリ、トホルベカラズ」と書いたり、まるで森の裁判官のように、万能感に身をひたしつつ毎日遊んでいたのです。
 しかし、その幼年期の黄金時代は、飢饉によって不意に打ち切られました。家族4人では食べていけないことが明らかになった時、二人の両親は子供たちに食糧を残すために、自ら森の中に姿を消してしまいます。これは「出現」と対極にある「消失」ですが、子供たちを助けるために両親がとったこの行為は、その後のブドリの運命を規定しました。
 すなわち、ブドリにとってみれば、自分がこの世に生きているというそのことが、両親を死に追いやったわけなのです。彼は、「存在の罪」を背負ったのです。

 「グスコーブドリの伝記」の最後で、ブドリが自らの死とともにイーハトーブの農民を冷害から救った行為は、物語の始まりで両親が自分のために命を絶ったことと、ちょうど対になっています。彼のこの行為によって、「このお話のはじまりのやうになる筈の、たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといつしよに、その冬を暖いたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのです。」

 すなわち、自らの「存在の罪」に直面した時、ネネムは「何もかにもおしまひだ」と泣くしかありませんでしたが、これに対してブドリは、彼なりに「落とし前」をつけたわけです。
 二つの対照的な物語をつなぐ線があるとすれば、こういうところかな、などと考えます。

 何も、人間は存在しているだけで罪を負うなどということはありえないと、ふつうは思われています。しかしそれでも、宮澤賢治という人は、自分自身に対してある種そのような「存在の罪」を感じつつ生きていたのではないかと、私には思える時があります。

written by hamagaki : カテゴリー「作品について

トラックバック




コメント



この問題ですが、「ネネム」の今のラストは物語の終わりではなく、まだその続きがあったということが、旧版の角川文庫『セロ弾きのゴーシュ・グスコーブドリの伝記』(小倉豊文解説)に出ていました。

この本には付録として「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」と「ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」を収録していますが、「ネネム」には現存しない第6章があったとし、本文の末尾にその梗概を2行ほどで記していました。解説によると、これは宮沢清六氏の記憶に基づいているとのことでした。

この本によると、ネネムは裁判長を辞任して謹慎していましたが、太陽に黒い棘がたくさんできて気候が寒冷化したので、その棘を取りに旅立ったというので、これが正しいとすれば「ノルデ」的な結末が「ネネム」にもあったことになります。

私が持っている旧校本全集の7巻の「ネネム」の校異などにもこのような情報は書かれていないので、本日たまたまこの本をある図書館で見て少なからず驚いたのですが(図書館の本なのでいま手元にありません)、本来こういう終わり方だったのなら、「ネネム」と「ブドリ」は「自己犠牲を伴う気候コントロール」という共通するテーマを持っていたわけです。

考えてみれば「ネネム」でも冒頭に冷害を描いていて、その後展開していないので、「ブドリ」のようにこれが末尾でまた使われていた可能性はあるでしょう。またネネムが出現罪を犯してしまうのが「貝の火」のように慢心への罰というより、うっかり足をすべらせただけに見えるのも、世界裁判長のままでは偉すぎて自己犠牲もできないから、辞職させてストーリーを進めるための方便にすぎない、という見方も可能になるかと思います。

このような「ネネム」の終わり方について、浜垣さんは(その当否を含め)どうお考えでしょうか。

投稿者 KATSUDA : 2012年5月 1日 17:04

追記。私は新校本は持ってないのですが、旧校本全集7巻および、その系統の新修全集に基づいた新潮文庫『ポラーノの広場』では、「ネネム」の本文の末尾はどちらも〔以下原稿なし〕となっています。

しかしこの作品は現在活字になっている部分の最後の8枚分が戦災で焼失しており、その部分は1944年に出た十字屋版全集別巻によっています。

そうすると旧校本全集の編纂時点ではすでに原稿の形での末尾を見ることができなかったわけですが、それにもかかわらず「以下原稿なし」の注記を入れて、この後にまだ続きがあったことを示した根拠は何だったのか。現状での末尾は作品の終わりと考えてもそうおかしくない形になっています。

この根拠については旧校本全集は何も記していません。十字屋版全集は見ていませんが、それの解説などに、これは本来の末尾ではないと考えられる旨の記載があったのか、それとも清六氏の記憶によるのか……。新校本の校異にはそのあたりはどうなっているのか気になります。

投稿者 KATSUDA : 2012年5月 1日 18:52

『新校本全集』でも、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の本文の最後は、〔以下原稿なし〕ですね。
そして、「校異篇」には、

冒頭(二〜三枚)、中間部一箇所(現存第二〇葉の次、一〜二枚)、末尾(おそらく十数枚)を欠く。
(中略)
本草稿現存六十六枚に続く八枚分の草稿は、戦前にいったん発見されていたが、戦災によって焼失した。ただし、焼失前に、その内容は十字屋版『宮澤賢治全集・別巻』(昭和十九年刊)に収録公開されたので、今日まで伝わっている。

とあります。
なぜ、末尾の原稿欠損が「おそらく十数枚」と推定されているのか、その枚数の根拠は書かれていません。たしかにこれは不思議ですね。

また、上で清六氏の記憶として紹介されている幻の「第六章」については、私は初めて知りました。これはやはり『新校本全集』校異篇にも、何も記されていません。
これが清六氏の記憶のみに頼る情報であって、客観的な証拠は残っていないので、校本や新校本では取り上げられていないのでしょうか。

さて、もしも「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の段階から、「ネネムが太陽の黒い棘を除去しに行く」という結末になっていたのなら、この最初の段階から最後の「グスコーブドリの伝記」まで、お話の構造としては一貫していることになり、私としてはこれはこれで納得できます。
しかしその場合には、「出現罪」を犯すまでの上昇志向のネネムと、「出現罪」後のネネムとは、少し性格が変わった感じになりますね。

貴重なご教示を、ありがとうございました。

ところで、「太陽に黒い棘ができる」と言うと、対応する自然現象としては「太陽黒点が増加する」ことなのかという感じがしますが、実際には、黒点が減少する時期に地球の温度は低下するという関連が見られますので、なぜか逆になっている感じです。

投稿者 hamagaki : 2012年5月 2日 01:22

お返事ありがとうございます。旧校本も、上で引用された部分の文章はまったく同じでした。この「十数枚」は十字屋版全集で翻刻された8枚を含むのかどうか不明確ですが、含まないとすれば、十数枚は1章の長さとして適切だと思います。現存しない冒頭部・中間部が合わせて4枚だったとし、現存する66枚と十字屋版で補われた8枚を足すと78枚。これが5章になっているので1章あたり15.6枚になります。推測ですが、清六氏の「第6章が存在した」という証言から導かれた枚数だった可能性があると思います。

またその後、ネット上で山田兼士「宮沢賢治・童話の詩学―生成テクストの行方」に

「確かに、「ばけものの大学校の掃除」という自己処罰は、ブドリの壮絶な自己犠牲の死と比較した場合、いかにも楽天的な結末と言えなくはない。だが、それは一つにはこの作品が未完に終わったためであり(あるいは末尾部分が消失したとも考えられるのだが)、もう一つには、この作品の徹底したナンセンステールとしての物語構成のためと考えられる。(ちなみに、戦災によって焼失した草稿の末尾には、次に挙げる「ペンネンノルデ」メモと同様に、太陽にできた黒い棘をとりに行くという自己犠牲のモチーフが書かれていた、と伝えられている。)」
http://homepage2.nifty.com/yamadakenji/miyazawakenji.htm

という記述があるのを見つけました。注はないので出典はわかりませんが、角川文庫旧版によったのかもしれません。
ただ2行でまとめられた結末部をもとに作品を論ずるのは文学者としてはやりにくいことでしょう。そういうこともあって、気づいた人がいても、それに基づいた議論が広まらなかったのかもしれないと思います。

しかしこの結末があるのとないのとでは作品全体の解釈が大きく変わってきます。現状の末尾を終末と解釈すれば、ネネムの「出現」と失墜を、物語の結末を支えるだけの重みを持ったものとして考えなくてはなりませんが、この「出現」と辞職をそのように解釈するのは難しいのではないかと私は思います(一つは、出現罪はよだかや蠍が虫を食うような、生きるためにどうしても犯さなければならない罪ではなく、愉快犯またはうっかりミスで犯すようなものなので、おそらくほとんどのばけものは人間界に出現しないで暮らしているであろうということ、もう一つは出現罪に対する罰が軽いことです)。

一方、角川文庫がいうような第6章があるとしても、浜垣さんも言われるように頂点を極めてから辞職したネネムがなぜ急に自己犠牲に駆り立てられるのか、唐突感は免れないように思います。よほど心理や周辺人物の書き込みがあるか、またはネネム以外に太陽の棘は抜けないというような必然性が説明されていなければならなかったでしょう。
ただもし原稿が完全に揃っていて、そのあたりがうまくできていたなら、良作の一つとして人気があったのではないかと思います。アニメ化しても楽しそうですし。

投稿者 KATSUDA : 2012年5月 2日 20:40

『新校本全集』編纂時点での「現存稿」が66枚で、その現存稿に対して「末尾(おそらく十数枚)を欠く」と書かれていますから、これをそのまま読めば、戦災で失われたという8枚は「十数枚」に含まれることになります。つまり「幻の第六章」の長さは、「十数枚−八枚」なんでしょうね。

たしかに、この「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」には、読めば読むほど不思議な力を感じますよね。
宮崎駿か水木しげるによるアニメ化希望です。

投稿者 hamagaki : 2012年5月 2日 23:09

アニメ『鉄腕アトム』の最終回も太陽の異常を直すためアトムがロケットを抱いて太陽に突っ込む話でした。
http://www.youtube.com/watch?v=-7RpXKOFEpI

いまネネムをアニメにするなら、この作品はかなり自由なアレンジができそうだから、もう好きにやってほしいですね(^^)

投稿者 KATSUDA : 2012年5月 3日 20:58

上記の角川文庫旧版『セロ弾きのゴーシュ』(下の書名の項参照)を借りてきました。実は非常勤講師をしている大学の図書館の本だったので、連休中は休館で借りられませんでした。現行の新版も買ってきて比べてみましたし、上の書き込みに少々補足訂正もありますので、長くなって恐縮ですが旧版に見られる「ネネム」の補完箇所や書誌情報を書き留めておきます。引用部分のルビは省略しました。「※」印をつけたのは私の注釈です。

【書名】
(カバー)セロ弾きのゴーシュ・グスコーブドリの伝記
(本体表紙・背・奥付)セロ弾きのゴーシュ

※書名に「グスコーブドリの伝記」がついているのはカバーだけでした。1日の書き込みではカバーだけ見て奥付の書名を確認していませんでした。おそらく多くの図書館ではこのバージョンも奥付の書名『セロ弾きのゴーシュ』で入力していると思われます。なおカバーには1994年公開のアニメ『グスコーブドリの伝記』の画が使われており、その関係で一時的にこの作品名をカバーの書名に加えたものと思われます(奥付の項参照)。また国立国会図書館には『セロ弾きのゴーシュ 他十篇』という書名で1957年の初版が収められています(データのみ確認)。

【「ネネム」の冒頭】
   一 ペンネンネンネンネン・ネネムの独立

ペンネンネンネンネン・ネネムは、ばけもの国のある森の中で生まれ、その幼年時代を妹のマミミや父母と楽しく暮らしていた。ところがある年の春、お「キレ」さまと呼ばれるその国の太陽の様子が変に変わって、気候が寒冷になってきた(以上、焼失した原稿数枚の梗概)
 ……のでした。実際、東のそらはお「キレ」さまの出る前に、(以下略)

※梗概の部分は2字下げ。

【「ネネム」の中間部】
※補完なし(第2章の「ノンノンノンノンノンといううなりは地の……(以下原稿数枚焼失)……」のところ)

【「ネネム」の末尾】
 風がどっと吹いて折れたクラレの花がブルブルとゆれました。

   六 ペンネンネンネンネン・ネネムの改心

 ネネムがばけもの国に帰って謹慎しているうち、この国の太陽の面に一種の黒い棘のようなものができて、気候が寒冷になる。ネネムはその棘を取るために太陽に向かって出発した。(以上、原稿未発見の最終の一章全体の梗概)

※梗概の部分は字下げなし。つまり第6章の章題以降をそれまでの本文と同じ活字・字大で増補した混合本文のような形になっています。「ばけもの」に傍点が付けられています。なお現存部最後の行の「ブルブル」は現行テクストでは「プルプル」です。

【解説(小倉豊文氏)】
 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」は、全集(十字屋版)編纂の時には、第二章の途中からと第三・第四章の全部だけが先ず発見され(第五巻所収)、後に第五章の途中から終わりまでが発見され(別巻所収)ただけであったが、昭和二十年の戦災後、黒焦げになった第一・第二・第五の三章の原稿が発見され、現在では焼失した第一章の冒頭と第五章の途中の数枚と未発見の第六章とを除いて、ほぼ完全に残っている。そして、焼失した部分と未発見の章の梗概も令弟清六氏の記憶によってその大要を知ることができるのである。
(以下略)

※解説末尾に「(一九五七・一〇)」とあります。

【奥付】
セロ弾きのゴーシュ
宮沢賢治
 角川文庫 1631

昭和三十二年十一月十五日  初版発行
昭和四十二年四月五日    十版発行
平成六年六月十五日 改版五十四版発行
(以下略)

※平成6年(1994)はカバーに使われたアニメ『グスコーブドリの伝記』が上映された年。書名の項参照。

【以下、筆者(KATSUDA)による備考】
この本は現行の角川文庫『セロ弾きのゴーシュ』と収録作品は同じで、賢治が生前発表した童話のうち『注文の多い料理店』所収のものを除いた10編と「セロ弾きのゴーシュ」、それに付録として「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」「ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」を収録しています。

1957年の初版から1994年の54刷までの間に一度改版されていますが、本文は初版と同じもののようで、たとえば現在「オツベルと象」と書かれる題名が「オッペルと象」であり、その末尾が「おや、君、川へはいっちゃいけないったら」とされているとか、「朝に就ての童話的構図」が「ありときのこ」の題名であるなど古い本文が使われています。校本全集・新修全集の本文が54刷でも採用されていないことや、1957年に書かれた解説の「令弟清六氏の記憶によってその大要を知ることができるのである」と「ネネム」本文との対応から、「ネネム」補完部分も初版から変わっていないと思われます。ただ末尾の「主要参考文献」(奥田弘編)は昭和58年(1983)1月の改稿となっています。

なお現行の角川文庫『セロ弾きのゴーシュ』は平成8年(1996)5月25日に改訂新版が刊行されたものですが、これにも小倉豊文氏の解説を再録しているので、上記「令弟清六氏の記憶によって」云々の文章はあります。しかし本文は『【新】校本宮澤賢治全集』のものに取り替えられているため、「ネネム」の本文には上記の補完はされておらず、末尾も〔以下原稿なし〕で終わっています。

角川文庫の連番(1631)は旧版も新版も同じ。ISBN番号は旧版はISBN4-04-104002-7、新版は(2007年以後のなら)頭に978がついてISBN978-4-04-104002-7となります。図書館などの収蔵情報はその刷りの刊行年(1995年以前か96年以後か)で区別するのが簡単かと思います。
なお旧版には赤羽末吉氏の挿し絵がありましたが、新版に挿し絵はありません。解説は旧版は小倉豊文・庄野英二、新版は小倉豊文・別役実の両氏です。注釈や年譜も別のものです。

投稿者 KATSUDA : 2012年5月 7日 19:51

詳細なご教示を、ありがとうございます。

この「(旧)角川文庫版 セロ弾きのゴーシュ」(昭和32年11月初版)が底本としたテキストですが、第一次筑摩書房版宮沢賢治全集が昭和31年4月〜32年2月に刊行されていますので、これによっているのかもしれません。
ですから、第一次筑摩書房版全集を見れば、この清六氏の記憶による「梗概」について、何か書いてあるのかもしれないと思ったりしています。

投稿者 hamagaki : 2012年5月 8日 01:19

筑摩の昭和31年版全集はこれも先週にちょっと見てみました。第7巻に「ネネム」が収録されています。
少々驚いたのは、末尾が

「風がどっと吹いて折れたクラレの花がブルブルとゆれました。」

とあるだけで、〔以下原稿なし〕とも何も書いてないことです(この行だけメモしてきました)。解説は解説とも呼べないノートみたいなもので、冒頭部が焼失していることと、原稿の途中で2箇所欄外の書き込み(「決闘」と「食堂」)があるということだけしか書いてありません。
どうもこの全集の頃は、末尾がこれで終わっていると考えていたようにも思われます。

ただクラレの花が「ブルブル」というのが角川文庫旧版と同じなので、角川文庫はこの部分は筑摩昭和31年版全集に拠ったのかと思います(ここは十字屋版全集しか残ってないところなのに、どうしてブルブルになったりプルプルになったりするのか不思議ですが)。

一方、冒頭のところは角川文庫旧版は「そのわけ(十七字不明)ばけもの麦もいっこう稔らず、大(六字不明)が咲いただけで一つぶも実になりませんでした」というように欠損の文字数も書かれていますが、筑摩はそこまで厳密でなかったように思います。ただこれはメモしてないので、またそのうち見てきます。

なお角川文庫旧版の補完を知ってから改めて本文を読んでみると、第1章で飢饉が終わるときの描写に

「ネネムは起きあがって見ますとお「キレ」さまはすっかりふだんの様になっておまけにテカテカして何でも今朝あたり顔をきれいに剃ったらしいのです。
 それにかれ草がほかほかしてばけものわらびなどもふらふらと生え出してゐます。」

とあるのに気づきました。おキレさまが「顔をきれいに剃った」ということは、飢饉の間は「髭」みたいなものが見えていたということでしょう。冒頭の焼失部にそういう描写があったのではないかと思います。
これは太陽の「黒い棘」をさすものでしょう。このような描写があることから考えると、終末にその棘を取りに行くという補完はかなり信頼性が高いのではないかと思いました。

投稿者 KATSUDA : 2012年5月 8日 06:45

図書館で十字屋版全集を見てみましたら、なんとこの段階で補完がされていました。取り急ぎご注進します。
この全集の第5巻(1940年)で初めて「ネネム」が活字化されましたが、第2章の途中から第4章までで、続いて別巻(1944年)に第5章の途中から末尾までが載りました。順次記します。引用部分の旧字は新字に改めました。※印は私の注記です。

【十字屋版第5巻「ネネム」冒頭】
   ペン、ネンネンネンネン、ネネムの伝記

 最初の原稿十枚位、作者によつて破棄せられ、発見の見込なし。
 梗概
ペン、ネンネンネンネン、ネネムは、ばけもの国の或る森の中で生まれ、ネネムの両親は早く死亡し、妹のマミミは幼くして誘拐された。
ネネムは森のなかで、空に生えてゐる昆布とりを仕事とし、勉強しながら成長した。
ネネムは青雲の志を抱いて、ヘン、ムンムンムンムン、ムムネ市の、フウフイーボオ博士の講義を受けに上京し、その学校に到着した。(編者記)

 「今授業中だよ。やかましいやつだ。用があるならはひつて来い。」とどなりましたので、学校の建物はぐらぐらしました。(以下略)

※梗概の本文(「ペン、」から「(編者記)」まで)4字下げ。この段階の本文は第2章の途中から始まっていることがわかります。「ばけもの」に傍点があります。
「発見の見込なし」の文言には驚かされましたが、賢治が清六氏に託し、清六氏がこの後、防空壕で守り抜いたもの以外の原稿は(土蔵に一部あったわけですが)当時は賢治が破棄したため存在しないものと思われていたのでしょうね。「見込なし」の表現はこの第5巻が刊行された1940年当時の清六氏の意見だろうと思います。もしそうならここを執筆した「編者」も清六氏であった可能性が高くなります。

【十字屋版第5巻「ネネム」末尾】
 とにかくそこでペン、ネンネンネンネン、ネネムはすつかり安心しました。

 (以下の原稿三十枚位、作者によつて破棄せられ、発見の見込なし。)
 梗概 ネネムは自分の力を過信するやうになる。或る日、サンムトリといふ火山を遠方から爆発させ、得意のあまり、歌をうたひ舞踏する中、誤つて足をすべらして、向う側の国に出現してしまう。そこはヒマラヤ山で、此の山頂で巡礼の一団と遭ふ。再びばけもの国へ戻つたネネムは裁判長としての自責に苦しむのであつた。そのころばけもの国の太陽の面に一種の黒い棘のやうなものが生じ、気候寒冷となる。ネネムはこの棘を取る為に太陽に向つて出発する。 (編者記)

※梗概の部分は2行目以降4字下げ。2箇所の「ばけもの」に傍点があります。第4章の終わりまでしかこの時点では発見されていないため、第5章と第6章が(清六氏の?)記憶によって復元されています。ただし章題は復元されていません。

【十字屋版別巻「ネネム」続稿冒頭】
ペン、ネンネンネンネン、ネネムの伝記(続稿)

此の稿は最近発見されたもので、全集第五巻三百八十五頁の次に「五、ペン、ネンネンネンネン、ネネムの出現」といふ見出しで書かれたものゝ一部である。此の稿の前にあるべき数枚の原稿及最終の一章即ち「六・ペン、ネンネンネンネン、ネネムの改心」は遂に発見出来なかつた。
(編者記)

……すます青くクラレの花はさんさんとかがやきました。上席判事が言ひました。(以下略)

※「此の稿は」から最後の「発見出来なかつた」までは小字で約6字下げ。次の「(編者記)」は小字で下寄せ。文中の「全集第五巻三百八十五頁」は上記第5巻「ネネム」末尾をさします。
この注記で初めて第5章と第6章の章題が現れました。この時点では第5章の冒頭部は見つかっていませんが、「ペン、ネンネンネンネン、ネネムの出現」という章題は当たっています。なお第6章の「六」の次が「・」なのは原文のまま。

【十字屋版別巻「ネネム」続稿末尾】
 風がどつと吹いて折れたクラレの花がプルプルとゆれました。

※補完とは直接関係ないことながら、角川文庫旧版の表記が「ブルブル」なのが気になっていましたが、十字屋版全集は明らかに「プルプル」です。この箇所は原稿が焼失し、十字屋版全集別巻以外にソースのないところですが、8日朝のコメントで書いたように筑摩第1次(昭和31年版)全集第7巻は「ブルブル」と誤っています。角川文庫旧版がやはり「ブルブル」なのはこれに拠ったことを示しています。筑摩第2次全集は未確認ですが、校本全集以後は十字屋版の通り「プルプル」になっています。
なお筑摩の昭和31年版全集第7巻も再確認しましたが、冒頭部の欠字の注記は角川文庫旧版と同じでした(ここは8日朝のコメントを訂正します)。角川文庫旧版のこの作品の本文は筑摩の昭和31年版全集に拠ったとみていいと思います。

【多少の考察】
十字屋版の補完を発見した(もちろん十字屋版を持っている人などはとっくに知っていたはずですが)ことで、角川文庫旧版の補完がこれに基づいているところがあることがわかってきました。とくに第6章の補完は文章もほとんど共通していますが、小倉豊文氏の依頼に応えた清六氏が十字屋版全集の補完の文章を再利用したということかもしれません。

この補完は正確なのかどうかですが、十字屋版第5巻ではその当時未発見だった第2章の途中までや第5章も補完されており、それらはその後原稿が見つかったので、現実のテクストと照らし合わせることで補完の正確さをチェックできます。ざっと見ると少し違うところもあり、たとえばネネムが「勉強しながら成長した」とありますが、原稿ではばけもの大学校へ着く以前のネネムが勉強したことは述べられていません。これはブドリ系の記憶が混入したのか、大学校の試験に一発で受かるぐらいだから勉強したはず、という合理化で記憶が変容したかでしょう。また第5章の「ネネムは自分の力を過信するやうになる」というのも解釈が分かれるところか。しかしこれら比較的細かな点以外は実際のストーリーから逸脱しているところはなさそうに思います。火山を「遠方から爆発させ」たというのは一見「ブドリ」の機械装置を思わせますが、ノンノンノンノンというネネムたちの声の震動が地殻を伝わった影響でサンムトリが爆発した(2回目と5回目)ことを指すのでしょう。
つまり(当たり前のことを確認するようですが)この補完は実際に原稿を読んだ記憶に基づくものであり、創作や想像で補ったものではないこと、大筋は信頼できるものであること、が言えると思います。

気になることの一つは、やはりなぜその後の全集がこの補完を無視したのかということです。このためにネネムに「第6章があった」ということさえ、角川文庫旧版の読者を除いて現在では知る人が少なくなっていますが、かつて補完が行われたという情報はもっと広く知られてしかるべきことかと思います。

私も今回、十字屋版まで遡らないとわからないことがまだあったのか、と思いました。ともあれ基本的な資料は提示できたと思うので、言い出しっぺとしては一安心です。

投稿者 KATSUDA : 2012年5月 9日 20:40

KATSUDA 様、七次にもにもわたり、詳細なご報告をいただきまして、誠にありがとうございました。
『十字屋版全集』において清六氏による「梗概」が登場していたという今回のご教示によって、この「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」をめぐる探索も、ひとまず落着したという感じですね。
私も知らないことばかりで、本当に勉強になりました。
考察で述べておられる事柄にも、全く同感です。

ご指摘のようにこの「梗概」は、基本的に失われる前の賢治の草稿の内容を伝えてくれているものと思われますので、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の最後第六章では、ネネムはノルデ同様、冷害を防ぐために太陽へ赴いた(=農民への献身)ということになり、物語の骨格としても「グスコーブドリの伝記」と同じになりますね。
これは、賢治の童話を研究する上ではとても重要なことと思いますが、『校本全集』や『新校本全集』の、せめて「校異篇」でも紹介すらされていないのは、不思議な感じです。

たとえば、中村稔氏は『宮沢賢治』において、次のように書いていました。

 「グスコーブドリの伝記」がありうべかりし賢治の自伝というのは、農民への献身ということがあるからである。ところが、その第一稿といわれる「ネネムの伝記」はこの決定的な骨格を欠いている。欠かざるを得なかった事情はこれまで確かめてきたとおりである。とすれば、「ネネムの伝記」を「ブドリの伝記」の母胎ないし第一稿とみることは無理である。単に一、二の挿話を共通するに過ぎないまったく別の物語と考えることが、おそらく「グスコーブドリの伝記」の理解のためにも必要であろう。

たとえばこの中村氏の考えも、変更を迫られることになると思いますし、なぜ賢治研究において、これまでこのネネムの「第六章」が取り上げられてこなかったのか、本当になぜなのでしょうか。

それにしても、このたびは詳しく深い調査報告を賜りまして、本当にありがとうございました。
またどこかに正式にご発表されることを、楽しみに期待しております。

投稿者 hamagaki : 2012年5月10日 23:31

本当に不思議ですよね。
全集が無視していることについては、もしかすると後年の清六氏は自分の記憶で賢治の作品を補完することに消極的になったのではないか、などと想像したりもしましたが、もとよりこれは校本全集の関係者の証言などが得られないとわからないことであり、憶測は慎むべきでしょう。

ただ、上でも話題になったように校本全集や新校本全集が「ネネム」の末尾を〔以下原稿なし〕にし、校異では末尾の原稿が「おそらく十数枚」存在しないという推定を記しながら、角川文庫旧版で当時はかなりの人が読んでいただろう第6章の補完に何も触れていないことや、新潮文庫『ポラーノの広場』の編者天沢退二郎氏が解説で「高校一年で十字屋版全集の第五巻を読んだときの、驚きと感動を忘れることができない」と書いているのに、同じ解説中の「ネネム」の部分ではその十字屋版第5巻にある「梗概」をまったく無視しておられるのを見ると、そんな思いにとらわれるのです。

それともどこかの議論で、このような補完は誤りであるという結論になったことがあるのでしょうか。その可能性も考えて信頼性のチェックはしたので、自分としては間違いないと思っています。

ただ角川文庫旧版しか見ていない読者はとくに、第5章までのネネムのいわば脳天気なトーンとまったく異なる自己犠牲の終末について、木に竹を接いだように感じて何となく疑いを持つようなこともあったかもしれません。私も上で唐突感があるなどと書きました。
これについてはその後、この作品ではストーリーが進むにつれてネネムの力が一直線に増大するので、そのパワーが太陽に行くような破天荒な行動に必要だったのではないか、などと考えたりもしましたが、「ペンネンノルデ」のメモだとノルデはやはり「ばけもの」らしいのに、胴上げで落とされたりしてあまり力強く見えないのが難点かもしれません。

賢治の太陽黒点についての知識については知りませんが、冷害の原因は太陽にあると思っていたのでしょうか。もし太陽を操作する以外に冷害を抑える方法がないなら、それは人間には不可能ですから、ばけもの世界の設定がそのために要求されたとも考えられます。「ノルデ」にも昆布とりとか太陽の棘の設定があるので、基本的にはばけもの世界の話だったようですが、その範囲内で主人公をネネムより現実的に(あるいは農村に近い立場で)動かしてみたのでしょう。

その後、二酸化炭素による温室効果で気温を上げるという地球上的な解決法に切り替えたので、ばけものは人間になることができたということか。しかしネネムはブドリになって現実味を増しましたが、自己犠牲が技術的必然性に乏しくなる代償を支払いました。技術的必然性がないという批判が生じるほど、作品世界全体のリアリティが増したといってもよいでしょう。

しかしこのように自己犠牲ラストから逆算するような解釈では、ネネムの前半の楽しさが説明しきれないとも感じます。山田兼士氏もそれで、前にも触れた論考で

「「ネネムの伝記」における〈自己犠牲〉のモチーフは、おそらく作品を書き進めるという行為が終結部近くに達した時始めて見出されたものだろう。そしてこのモチーフの発見が改めて作品全体の変容を促し、その結果「ネネムの伝記」は放棄され、「ブドリの伝記」の構想が生じたのだ。」
http://homepage2.nifty.com/yamadakenji/miyazawakenji.htm

と書いたのかもしれません。終わりまで書いてから自己犠牲を初めて思いついたというのはさすがにどうだろうかと思いますが、たとえ当初の予定であっても、途中までネネムをハチャメチャに活躍させてからの自己犠牲は作品の中でどうも据わりが悪い、とは賢治も感じたかという気はします。私は自己犠牲は「グスコーブドリの伝記」に至るまで据わりが悪かったとさえ思うのですが、作品論より考証の方が得意なのであとは浜垣さんが新しいエントリでお書きになるのを期待します。

私のネネム第六章についての考証を発表したらどうか、というお薦めはありがたいのですが、宮沢賢治学会などにも入っていないもので、いつになるか。

あ、それから先日のTwitterで「グスコンブドリ」は「てぐす昆布採り」から来たと書かれていたのを見て、初めてその由来を知りました。ありがとうございました。私もコンブドリは昆布採りかとは思ったのですが、愚図昆布採りだろうかなどと思っていました(^^;

投稿者 KATSUDA : 2012年5月11日 19:17


コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)



← 前の記事へ | メインページへ | 次の記事へ →