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2010年8月12日 石灰岩の男

 これまで宮澤賢治というと、たくさんの魅力的な童話や詩を書いた作家とか、ユニークな農学校教師とか、あるいは自ら百姓になって青年たちと「羅須地人協会」の活動をした農民芸術家、などのイメージが一般的でした。また、「宗教者」や「科学者」としての側面も、もちろん見逃すことはできません。
 そして最近はこれらに加えて、佐藤竜一氏の著書『宮澤賢治 あるサラリーマンの生と死』や、この本の着眼点を生かして制作されたNHK番組「雨にも負けぬサラリーマン 〜宮沢賢治 最期の2年半〜」が一定の注目を集めた結果、「サラリーマン・宮澤賢治」というちょっと新たな視点が、けっこう話題になっています。実際、晩年に東北砕石工場に勤めていた時期には、賢治は営業マンとして猛然と東北各地を奔走していたのですから・・・。
 思えば戦時中は、「粗食に耐えて滅私奉公をした偉人」として賞揚されたり、つい先頃までは「エコロジー精神」の先駆者のように言われたりもしましたが、この「平成不況」の只中で苦闘する全国のサラリーマンに対して、「あの宮澤賢治も、創意工夫を凝らしつつ営業活動に情熱をかけた、一人の悩めるサラリーマンだった」という切り口を提示したことは、確かに時宜を得ていたと言えるでしょう。

 ところで「サラリーマン」という言葉は、実は「和製英語」で、本来の英語にはない言葉なんだそうですね。もちろん「サラリーマン」の語源は、英語の「salary=給料・俸給」からきていて、「俸給生活者」「月給取り」のことです。
 さらにこの英語の“salary”の語源をさかのぼると、その昔、古代ローマ帝国において兵士の給料は、塩(岩塩)で現物支給されていたことによるのだそうです。ラテン語で、「塩」は sal、「塩の」という形容詞は salarium ということで、これらが英語の salary の語源であることは確かだそうですが、ただ当時のローマで本当に塩が現物支給されていたという歴史的な証拠は確認されていないようで、若干の議論はあるようです。
 しかし、江戸時代日本の兵士階級である武士も、その収入を「石高」(米の量)で表したり、実際に「扶持米」というのは現物支給されていたということですから、ちょっと似た感じですね。
 いずれにしても、当時の社会における塩や米は、通貨に準ずるほどの重要性と普遍性を備えた物資だったということでしょう。

 ところでここに、働いた給料を、塩でも米でもない「石灰岩」で、現物支給を受ける契約をしていたという男がいます。1931年(昭和6年)に東北砕石工場に勤めていた、宮澤賢治がその人です。
 契約書によれば、「宮沢ヲ技師トシテ嘱託シ報酬トシテ年六百円ヲ炭酸石灰ヲ以テ支払フモノトス」とあり、工場における炭酸石灰の原価は10貫あたり24銭5厘だったということですから、賢治は1ヵ月に50円分=7.65トンもの石灰岩抹を受け取ることになっていたわけです。
 そして、東蔵氏長男の實氏の著書『出会いの人びと』(p.267)によれば、少なくとも「五車」、すなわち「貨物列車5台分」は、現物で支払われたということです。

 それにしても賢治にしてみれば、石灰岩を貨車で花巻駅まで運ばせたとしても、駅に専用倉庫を持っているわけでもないし、町なかの自宅に運んでくるなど不可能なことですから、いったいどうやって受領したのだろうかなどと、要らぬ心配をしてしまいます。
 さらに、塩や米と違って、石灰岩をそのまま家で消費することもできないし、賢治自身が誰よりよく知っているように、お金に換えるには大変な努力を要するし・・・。

 そして、そんなことを考えるうちに私が戯れに思ったのは、どうせなら昨今ちょっと流行りの「サラリーマン・宮澤賢治」という呼称よりも、岩塩ならぬ石灰岩で給与支給を受けていた彼は、むしろ「ライムストーンマン・賢治」と呼んであげた方が、その苦労の実態をより生々しく伝えられるのではないか、などということ・・・。

 いや、おせっかいな記事でした。

 

written by hamagaki : カテゴリー「伝記的事項

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コメント



ライムストーンマン・賢治ですか。確かに賢治は、自分のことは棚にあげて他の人の結婚の世話をするような「おせっかい」ばかり焼いていたようですしね…(^O^)

サラリーマン賢治、という切り口が、現代の世相を写しているとは思っても見ませんでしたが、言われてみればその通りですね。なるほど、面白いです。

投稿者 signaless : 2010年8月13日 09:09

ライムストーンマン宮沢賢治!とてもリアリティーがあります。

7トン半の石の量というと、家庭の風呂桶を4個並べたくらいでしょうか。私が彫刻材料の原石を買うときがちょうどそのくらいなのです。(8トントラックぎりぎりかオーバーぎみ)

それで思い出したこと:
私の父は従兄弟の製材所で働いていたのですが、よく「山を買う」「山を見に行く」と言って田舎へ出かけていました。それは伐採の権利を買うことで、良質の杉が生えているかどうかを確認することだったのです。材木市場でのセリでの買い付けとは違っていました。子供心におカネよりもモノが流通しているダイナミズムを感じていました。

だから賢治は、(毎月7トン半もの石灰石を毎月ごろんと庭先に運び込まれるということではなくて)石灰岩の商品化と売り上げによって変動するという契約をしたのでしょうね。

石の質や色を見て、その商品化を考え、売買先を探す、それはもうサラリーマンではありませんよね。たった一人でぜんぶやっている実業家、腕一本の仕事師です!

とても生き生きとした宮沢賢治が浮かび上がってきて楽しくなりました。面白いお話をありがとうございました。

投稿者 kyoちゃん : 2010年8月13日 09:45

塩から米、米から石灰という現物供与の流れ。
面白い導入部でした。

わたしみたいに実態のない怪しい技術を売り食いしている者として、石灰という実物を商うことに憧れがあります。

土地改良のために農民にとって重要な石灰ですが貧困な農村に果たして購買力はあったのでしょうか。
本当は人工宝石などで大儲けして村には無料で配りたかったでしょうね。

最後のセールス等は懸命であればあるほど自棄的に感じられ、やはり死期を意識していたのかなと想像します。
当時の人が喀血すると死を意識せざるを得ないのは、今の癌告知に近いものだと思うからです。

それにしても毎回興味深いエントリー。
賢治の「思い残し切符」を手にされているとしか思えませんね。

投稿者 mishimahiroshi : 2010年8月13日 12:12

 皆様、いつもありがとうございます。

> signaless さん

 「せっかい(CaCO3)」を焼いたら、「生石灰(CaO)」ができるという話はさておき・・・。
 賢治は本当に人のために尽くすことばかり考えていて、人によってはそのような心性に病理を指摘するという本を出していたりもします。あながち間違いとして否定し去ることもできないでしょうが、でもそんな理屈におさまるものでもないと思います。
 いろんなことを調べるたびに、賢治という人間の底知れなさを感じています。


> kyo さん

 7トン半の石というのが、私にはそこまで具体的にイメージできませんでした。「家庭の風呂桶を4個並べたくらい」と表現していただくと、はっきりとわかります。ありがとうございました。
 実業家・仕事師としての賢治。少なくとも賢治自身は、この時期にはそれを目ざしていたんでしょうね。そしてもし賢治にあれほどの芸術的才能がなかったならば、それはそれとして開花していたのかもしれません。
 しかし、実業家に徹するには、必要な情報以外にあまりにも多くのことが感じられ、見えてしまう賢治・・・。


> mishimahiroshi さん

 同じく「怪しい技術を売り食いしている者」として私も思うのですが、ひょっとしたら賢治も、「教育」というつかみどころのない仕事に携わっていた時には、より地に足をつけて作物を作る「百姓」に憧れ、その後また病が癒えた時には、「石灰岩抹」というハードウェアを扱うことに、やり甲斐を感じたのかもしれませんね。
 しかしそういうプロセスよりも、「本当は人工宝石などで大儲けして村には無料で配りたかった」というご指摘には、まさにそのとおりだったんだろうな、と私も思います。

 賢治って、そういう風に一足飛びなところがありますよねw。

投稿者 hamagaki : 2010年8月14日 00:37

残暑お見舞い申し上げます。たびたび拙著を紹介していただき、どうもありがとうございます。サラリーマンというのは一つの切り口にすぎませんが、これまであまり関心をもっていなかった人々が賢治に関心をもつきっかけにはなったと思います。

あまりサラリーマンとばかり強調されるのも、ちょっと違うかなとは思うのですが。「生徒諸君に寄せる」のようなテンションの高い詩が岩手大生には結構人気があります。いずれにしろ、賢治は奧が深いと感じています。

投稿者 佐藤竜一 : 2010年8月17日 11:02

 佐藤竜一さま、コメントをありがとうございます。

 あのNHK番組の後には、とりわけ20代ぐらいの若いサラリーマンの方々が、自身のブログ等で「学校で習った宮沢賢治と違った面がわかっておもしろかった」「営業まわりで毎日苦労している自分にとっての励みになった」というような感想を書いておられたのが印象的でした。
 ただ、もちろんそれは「一つの切り口」であり、賢治の波瀾万丈の人生を、「サラリーマン」だけで理解できるものでないですよね。

 あと「生徒諸君に寄せる」は、やっぱり「若者への詩」ですよね。私も高校生時代に、今の「校本」以後の全集版とは異なった「岩波文庫版」ですが、これを読んでその朗々とした格調高い響きに打たれたものでした。
 岩手大学では、いろんな作品を取り上げられるのですね。

 実は私は、お盆の時期に少し花巻に行っていたのですが、最初は大雨、雨が上がったら厳しい暑さでした。

 不安定な天候ですが、どうかご自愛下さい。

投稿者 hamagaki : 2010年8月18日 00:56


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