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2008年1月 8日 「対山楼」のあった場所

 一昨日ご紹介した旅館「対山楼」があった場所の、地図を掲載して補足しておきます。下の地図の、右上の方のマーカーの位置が、それです(現在はレストラン「天平倶楽部」があります)。
 地図をマウスでドラッグしていくと、対山楼のすぐ東の方には、東大寺の境内が広がっていたのがおわかりいただけると思います。また、左上方にある [+] ボタンを押すと、縮尺が上がってより詳細な位置がわかります。

 賢治の同級生菅原俊男による1916年3月24日の記録によれば、一行はこの日京都で、桃山御陵と京都府立農事試験場桃山分場を見学しました(「1916年修学旅行の京都(2)」参照)。そして、桃山駅から国鉄に乗って奈良駅で降り、奈良県農事試験場を見学した後、夕方6時に宿舎「対山楼」に入ったということです。

 奈良県農事試験場は、1895年から1923年までは、「大字油坂町小字宮ノ前」にあったということですから、賢治たちは左下の奈良駅から今の油阪町あたりを経由して、そして右上の対山楼へ歩いたことになります。

written by hamagaki : カテゴリー「伝記的事項

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コメント



この地図、よく分かりました。すごく良かったです

投稿者 potos : 2008年1月10日 19:08

 potos 様、コメントありがとうございます。

 「Google Maps API」はまだまだ十分に使いこなせていませんが、昔のことを思えば便利なものができたものです。

 今後とも、よろしくお願い申し上げます。

投稿者 hamagaki : 2008年1月10日 23:28


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