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2007年2月11日 「二月」

 「グラフで見る賢治の詩作」を見ていただいてもわかるとおり、賢治にとって2月という月は、詩の創作の比較的少ない時期なのですが、中にはずばり「二月」と題された作品もあります(『文語詩稿 一百篇』)。

     二月

みなかみにふとひらめくは、 月魄の尾根や過ぎけん。

橋の燈(ひ)も顫ひ落ちよと、 まだき吹くみなみ風かな。

あゝ梵の聖衆を遠み、     たよりなく春は来(く)らしを。

電線の喚びの底を、      うちどもり水はながるゝ。


 激しい風の吹きすさぶ、2月の夜明けの情景です。「みなみ風」が吹いてきたことから、春の訪れも予感されてはいますが、ここにはその喜ばしさのかけらも存在していません。
 『宮沢賢治 文語詩の森』(柏書房)において大角修氏は、この作品の根底にあるものを「死の予感」と書いておられます。まさにそんな雰囲気の一篇です。
 大角氏は、釈迦の入滅が旧暦の2月15日であることと、この作品の表題「二月」とを関連づけておられて、たしかに作者の心のどこかにもそれはあったのではないでしょうか。

 作品の具体的な状況としては、「みなかみ」「橋の燈」「まだき」とあることから、作者は夜(未明)の川の近くにいることがわかります。さらに、用いられている単語の対応を見ると、この文語詩は、「冬のスケッチ」第十六葉にある下記の有名な箇所に由来していることがわかります。

にはかにも立ち止まり
二つの耳に二つの手をあて
電線のうなりを聞きすます。
     ※
そのとき桐の木みなたちあがり
星なき空にいのりたり。
     ※
みなみ風なのに
こんなにするどくはりがねを鳴らすのは
どこかの空で
氷のかけらをくぐって来たのにちがひない
     ※
瀬川橋と朝日橋との間のどてで、
このあけがた、
ちぎれるばかりに叫んでゐた、
電信ばしら。
     ※
風つめたくて
北上も、とぎれとぎれに流れたり
みなみぞら

 「電線のうなり」「みなみ風」「橋」「とぎれとぎれに流れ」などの状況が、両作品に共通しています。


 さて、この文語詩「二月」の中でもとりわけわかりにくいのは、三行目の「あゝ梵の聖衆を遠み」というところです。広辞苑を引くと、「聖衆(しょうじゅ)」とは、「極楽浄土の諸菩薩」と書いてあって、これは阿弥陀如来を信仰する人の臨終に際して、阿弥陀とともに出現し、浄土へと迎え導いてくれるたくさんの菩薩や化仏などの聖なる存在のことです。『阿弥陀経』には、「その人命終わるときに臨んで、阿弥陀仏、もろもろの聖衆とともに現じてその前に在らん」と書かれ、『観無量寿経』では、「阿弥陀如来、観世音、大勢至、無数の化仏、百千の化仏、声聞の大衆、無数の諸天、七宝の宮殿とともに現前す」と述べられています。
 つまり、この「聖衆」とは、賢治がいったんその信仰を捨てたはずの、浄土教系の教えに出てくる存在なのです。
 また、「遠み」の「み」は、「〜〜なので…」というように、原因・理由を表す助詞です。それにしても、「聖衆は遠い」ということと、「たよりなく春は来る」ということは、因果的にいったいどう関係しているというのでしょうか。

 この「聖衆は遠い」という言葉を文字どおり解釈すると、これはどうしても賢治自身が、「自分は阿弥陀如来への信仰からは遠く離れてしまった」ということを述べていると思えてなりません。
 浄土真宗の篤信家の父母のもとに生まれ、幼少期には「聖衆来迎図」などにも親しんでいただろう賢治の心の底には、信仰を大きく変えて、ただ法華経だけを純粋に信ずるようになってから後にも、何かこのような懐かしい世界へのノスタルジーがあったのだろうかとも思います。ばくぜんとした「死の予感」にとらわれた時、ふと頼もしい「梵の聖衆」を想起することがあったのかもしれません。

 もちろん賢治の法華経に対する信仰は、終生揺るぎなかったでしょうが、とくに二度目の病臥をしてからは、父母の教えに反したことに対する罪悪感は、心の中にけっこう深くあったように思われます。1932年の書簡[422a]の中では、「小生の病悩は(中略)諸方の神托等によれば先祖の意志と正反対のことをなし、父母に弓を引きたる為との事尤もと存じ候」と書いていて、「父母に弓を引きたる」とは、まさに宗教をめぐる自らの行いを指しています。これが、自分が結核という大病にかかってしまった原因の一つだというのです。
 死の病床にいて、自分が信仰の上で父母や「聖衆」と離れたところに一人いる寂しさを、賢治も感じることがあったのではないでしょうか。その孤独感が、次の「たよりなく」という言葉に表れているようにも思います。


 2月の作品が多くないことは冒頭に述べたとおりで、『春と修羅 〔第一集〕』には、なんと2月の作がたった一つもありません。
 しかし『春と修羅 第二集』は、2月の作品「空明と傷痍」から始まります。この「空明と傷痍」も、おそらく朝日橋と思われる北上川の橋における夜の情景で、「月をかすめる鳥の影」や「電信ばしらのオルゴール」が出てくるところが、何となく偶然の一致です。

聖衆来迎図

written by hamagaki : カテゴリー「作品について

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