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2006年4月16日 京都における賢治の宿(1)

 1921年4月、宮澤政次郎氏は、家出して東京にいた賢治を誘い、関西方面の旅をしました。この時、京都にやってきた父子は、「三条小橋の旅館布袋屋」に泊まったということが『【新】校本全集』年譜篇にも記されていますが、「布袋屋」という旅館は現存していません。
 この旅館がどの場所にあったのだろうということが以前から気になっていたのですが、三条小橋商店街理事長の大西弘太郎さんにお尋ねしたところ、現在は「加茂川館」という旅館になっている場所に、戦前は「布袋館」という旅館があったということを、教えていただきました。


 東海道の京都池田屋騒動之址側起点とされている「三条大橋」は、三条通が鴨川を渡る橋ですが、そこから西に90mほどのところ、三条通が高瀬川を渡るところにかかる橋が、「三条小橋」です。
 長さ10mにも満たないようなかわいい橋なのですが、そのすぐ西には新選組の「池田屋事件」の旧跡があったり(右写真)、橋の東の佐久間象山・大村益次郎遭難之碑たもとには「佐久間象山先生・大村益次郎卿遭難之碑」(左写真)があったり、いろいろな歴史的事件の舞台ともなっています。
 この地は、東海道を歩いて旅してきた人が、やっと三条大橋にたどり着いて宿をとるというロケーションにあって、江戸時代から宿屋が多く並んでいたということです。幕末の頃に諸国から集まった志士たちも、この辺の宿に身を潜めたり集結したりしたわけですね。ちなみに左の写真で、「高瀬川」と書かれた石の欄干が、「三条小橋」です。


 さて、この三条小橋から三条通を東へ50mほど行ったところ、通りの北側に面して建つ立派な旅館が、「加茂川館」です(下写真)。

加茂川館

 加茂川館のサイトをご覧いただくと、旅館についてより詳しい情報も見られます。また、こちらをクリックしていただくと、MapFan Web でこの旅館の場所が表示されます。

 この場所に、戦前は旅館「布袋館」があり、その後「近江屋」という旅館だった時代があって、数年前から現在の「加茂川館」となっているということです。

 ところで、三条小橋商店街の大西さんからは、この場所に建つ旅館の歴史について、さらに興味深い情報も教えていただきました。

『東海道中膝栗毛』七編上 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』には、「三条の編笠屋」という旅籠が登場するのですが、この「編笠屋」とは、江戸時代にこの加茂川館のあった場所~すなわち賢治の泊まった布袋館のあった同じ場所~に、実在していた旅籠だったということなのです。右の画像は、岩波文庫版『東海道中膝栗毛』「七編上」の一部ですが、弥次郎兵衛が京の五条大橋のあたりで、相撲取りのような男にからまれそうになるところです。相撲取りが、「こつとらは今三条の編笠屋から出て來たものじや」と言っています。
 思わぬところで、思わぬ由緒に遭遇するものですね。

 三条小橋商店街振興会では、このようなエピソードもあること、そしてこの地が江戸時代には京都の「玄関口」であったことにちなんで、三条大橋のたもとに、弥次郎兵衛と喜多八の銅像を建てています(右下写真)。
弥次喜多像 二人の後ろに見えるのは、鴨川と三条大橋です。


 1921年4月のある日の午後、下坂本の港で汽船を降りた賢治ら父子は、840mもある比叡山を、歩いて滋賀県側から京都府側へ越え、おそらく夕闇の中を三条大橋を渡って、ここにあった「布袋館」という旅館に、荷を解いたのです。
 賢治は24才、政次郎氏もまだ47才とはいえ、二人の健脚には感心させられます。

 下の写真は、二人が越えてきた比叡山(画面中央)を、三条大橋から望んだところです。
 三条大橋から比叡山を望む

(今回の私の問い合わせに対し、ご親切にお答えいただいた三条小橋商店街の大西弘太郎さんに、感謝申し上げます。)

written by hamagaki : カテゴリー「伝記的事項」「賢治紀行

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コメント



2005年の時代祭りの日に、ここを、通りました。

全然、別の用事だったので、急に、弥次さん喜多さんが、いらっしゃって、びっくりしました。

今日、また、びっくり。

投稿者 雲 : 2008年1月 8日 15:17

通りすがりです。
二軒隣りの船はしやさんについて調べていたら偶然此処に辿り着きました。いやぁ、この旅館が宮澤賢治と関わりがあるとは思いもしなかった・・・・。
興味深く拝読させて頂きました。

投稿者 Anonymous : 2009年3月14日 04:37

 通りすがり様、偶然にもご覧いただけて、興味を持っていただけましたら幸いです。

 「船はしや」は、私は中には入ったことはないのですが、風情のあるいい感じのお店ですね。今回ネットで検索してみましたら、「本家・船はしや」や「船はしや総本店」や「駄菓子屋・船はし屋」などいろいろあって、驚きました。

投稿者 hamagaki : 2009年3月15日 23:36

加茂川館の籔下と申します。
旅館の歴史を大変よくお調べになっておりましたので、ご了承なしに当館のFaceBookのページにリンクを貼らさせて頂きました。あしからず。

https://www.facebook.com/Kamogawakan.Inn

投稿者 加茂川館 籔下 誠 : 2013年11月 5日 12:35

藪下 誠 様、ご訪問ありがとうございます。
facebookへのリンク、了解いたしました。

そちらのコメント欄には、宮沢賢治が「加茂川館」の場所に昔あった旅館に宿泊した時のことについて、やや長文になってしまいましたが、補足的な説明を書き込ませていただきました。
実は、来年の2月に「宮沢賢治学会」のセミナーが京都で行われるのですが、その際に私は「京都における宮沢賢治(仮題)」という講演をさせていただくことになっており、その話の中ではこの旅行のことについても触れて、「加茂川館」の場所の旅館に賢治が泊まったことも、ご紹介する予定にしております。

今後とも、よろしくお願い申し上げます。

投稿者 hamagaki : 2013年11月 5日 23:28


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