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2006年3月18日 耳ごうど鳴って…

 賢治の妹トシの最期の日の状態について、ちょっと思いついただけの無粋な話です。

 「青森挽歌」の中ほどに、賢治がトシの亡くなる間際のことをもう一度想起してみる場面がありますが、それは下記のように始まります。

 《耳ごうど鳴つてさつぱり聞けなぐなつたんちやい》
さう甘へるやうに言つてから
たしかにあいつはじぶんのまはりの
眼にははつきりみえてゐる
なつかしいひとたちの声をきかなかつた
・・・・

 ここでトシは、耳が突然「ごう」と鳴って、その直後から何も聴こえなくなってしまったということを訴えています。言葉はきちんとしゃべれており、聴力は失われたにしても、意識はまだはっきりしていることがうかがわれます。また、「眼にははつきりみえてゐる…」という表現から、視覚にも問題はない様子であったことがわかります。おそらく、ちゃんと周囲の人の動きを目で追ったり、言葉で反応したりしたのでしょう。

 この箇所について、渡部芳紀さんは「評釈『青森挽歌』」において、「としの言葉。死期が近づき、感覚が次第に失われ、耳も聞こえなくなってきた状態を訴えている言葉の回想。」と解説しておられます。
 しかし上に見たように、この時点ではトシは聴覚のみに障害をきたしていたと推測されるわけですから、「感覚が次第に失われ、耳も聞こえなくなってきた状態」と表現するのは、やや不正確でしょう。聴覚に関しては「次第に」ではなく突然に失われたようで、他の感覚はまだ失われていないと思われます。


 それでは、まだ意識も清明で他の感覚も保たれている状態で、聴覚のみが急に失われたとすれば、その原因としてはどのようなものがあるでしょうか。
 私が可能性として考えるのは、この時までにすでにトシの身体には「肺結核」や「腸結核」だけでなく「中耳結核」も進行していて、ここで耳が「ごう」と鳴ったというのは、結核結節による鼓膜の穿孔か、または中耳内での出血が起こったのではないか、ということです。

 中耳結核というのは、結核菌が肺から喀痰に混じって咽頭部へ、そして耳管を伝わって鼓膜の奥の「中耳」へと感染して起こる病変で、最近のように薬物療法が発達してからは非常に稀になりましたが、昔は肺結核の患者にかなりの割合で見られたということです。
 一般に中耳結核では、病変の拡大とともに徐々に難聴も進行しますが、ここでトシの耳がごうと鳴って「突然に」聴覚が失われたとすれば、前述のように、結核結節のために脆弱となっていた鼓膜が咳などの衝撃によって穿孔したか、あるいは中耳内で出血が起こったか、などの機序が考えられるのです。
 ただし、穿孔や出血は両耳で「同時に」起こる確率は低いですから、実際には、片方の耳はすでに高度の難聴になっていた上に、まだ聴力の保たれていた方の耳の聴力がこうして突然失われたので、この時点で急に「さつぱり聞けなぐ」なってしまったのではないかと考えられます。

written by hamagaki : カテゴリー「作品について」「伝記的事項

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