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2006年2月21日 「星めぐりの歌」と「酒場の唄」

 先日『春と修羅』所収の「習作」に関連して、1919年に松井須磨子が演じた「カルメン」について書きましたが(「とらよとすればその手から…」)、そう言えばこの時の舞台でやはり松井須磨子が歌った「酒場の唄」という歌に関して、作曲家の中村節也さんは重要な指摘をしておられたのでした。
 賢治の「星めぐりの歌」の旋律は、この「酒場の唄」に着想を得たのではないか、という大胆な提起です。

 なによりも実際に聴いてみましょう。当時の「酒場の唄」の録音は、先日もリンクさせていただいた「浅草オペラとオーケストラ」というページの、下から3分の1あたりから聴くことができます。1919年5月、松井須磨子の自殺からまだ4ヵ月という時期における、新芸術座の中山歌子の歌です。
 また、こちらのページを開いていただくと、BGMとして「酒場の唄」の旋律がMIDIで流れます。

 さて、いかがでしょうか。後半はかなり違ってきますが、はじめの方は雰囲気が似ていますよね。

 こんどは楽譜で比べてみます。
 「酒場の唄」は、もとはヘ長調4分の4拍子で記譜されているようですが、「星めぐりの歌」と直接比べやすくするために、下にト長調4分の2拍子に書き直してみました。

「星めぐりの歌」
「星めぐりの歌」

「酒場の唄」
「酒場の唄」

 つまり、「星めぐりの歌」の方が、 が一つ多く入っているわけですが、旋律の動きはほぼ同型なのです。

 この「中村説」に対して、『宮沢賢治の音楽』等で有名な佐藤泰平さんは、「旋律が偶然に似通うことはままあり、推測の域を出ないだろう。賢治のクラシックレコード・コレクションにも、ジャズや京劇はまじっているが、歌謡曲はない」との談話を述べ、慎重な姿勢を示しておられます。
 しかし思うに、「習作」の中に「恋の鳥」の一節が引用されていることからわかるように、賢治がこの北原白秋・中山晋平版の「カルメン」を何らかの形で聴いていたことは確かですから、「レコード・コレクションにない」ことは、気にしなくてもよいのではないでしょうか。

 天の星を讃える聖らかな「星めぐりの歌」が、そのまるで対極にあるような、デカダンスの香り漂う「酒場の唄」に着想を得ているとすれば、ちょっとショッキングですね。
 しかし中村節也さんは、これも「清濁合わせ呑む賢治の包容力を感じる」ととらえておられます。

written by hamagaki : カテゴリー「作品について

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コメント



「赤い酒、赤い月」と「赤いめだま」白秋と賢治の詩に着目しても関連があるように思えてきます。そして清濁合わせ呑むというよりは、あえて、「酒場の唄」のパロディーとしてデカダンスに甘んじた白秋への批判として、賢治独自の美へとデカダンスをつきぬけて昇華させた詩人の意図すらあるようにも思えてきます。白秋の詩「お軽勘平」が風俗を乱すものとして発売禁止の処分を受けたのは「近代の罪と罰」ということなのでしょうか。

投稿者 ゆふ : 2006年2月23日 10:42

 ゆふ様、こんばんは。コメントをありがとうございます。

 ご指摘のとおり、「酒場の唄」における「赤い〜」シリーズと、「星めぐりの歌」の「あかいめだま」はつながりますね。あまりにも違った雰囲気なので、気がついていませんでした。しかし正直言って私も、この2つの歌には関係がありそうな匂いを感じます。

 賢治は、とくに短歌時代など北原白秋の影響をかなり受けながら、どこかでは反発しているような、非常に「両価的」な感情を持っていたようですね。「小岩井農場(下書稿)」に、「あの白秋が/雪の日のアイスクリームをほめるのも同じだ。/もっともあれはぜいたくだが。」と書いていますが、「あの白秋」という言葉には、文句なしに一目置いているという感じが、「もっともあれはぜいたくだが」という言葉には微妙に距離感が表れているような感じです。

投稿者 hamagaki : 2006年2月23日 23:34

 こんばんは。私は推定と断定がいきすぎていたようです。  またしばらくイーハトーブへでかけてきます。     ありがとうございました。

投稿者 ゆふ : 2006年2月24日 04:04

 ゆふ様、今回は鋭いご指摘をありがとうございました。

 素晴らしいイーハトーブの旅となることを、お祈りしています。

投稿者 hamagaki : 2006年2月24日 23:38

「星めぐりの歌」について小生の説にとても好意的な論考を書いていただき、感謝しております。ほかの記事も興味深く読ませていただきました。

投稿者 中村節也 : 2006年4月 1日 20:49

 中村節也様、じきじきにコメントをありがとうございます。
 一昨年には、中村様が編曲された「宮沢賢治全歌曲集」(木菟舎)を注文・購入させていただきました。その折には、ご親切なメールをいただき、ありがとうございました。
 以後現在まで、「宮沢賢治全歌曲集」は座右に置いて楽しませていただいております。

 さて、「星めぐりの歌」に関しては、中村様の御説を拝見して聴いてみたところ、たしかに私にも「酒場の唄」のメロディーとの関連が強く感じられましたので、勝手ながら御説を引用させていただきました。ご指摘のようにファとシが出てこない「ヨナ抜き」になっているところからも、またそのリズムからも、非常に似た雰囲気が漂ってきます。

 これからも、賢治の歌曲ついてご教示・ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

投稿者 hamagaki : 2006年4月 2日 19:14


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