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2005年8月28日 「牧馬地方の春の歌」

 昼間に楽器屋へ行って、イッポリトフ=イワーノフ作曲の管弦楽組曲「コーカサスの風景」のポケットスコアを買ってきました。マイナーな曲かと思っていましたが、「日本楽譜出版社」というところから、ちゃんと日本語版の楽譜が出ているんですね。最近は耳にする機会も少ないですが、昔は日本でもそれだけポピュラーな曲だったのでしょう。

 賢治も、この曲のSPレコード(L.ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団)を持っていました。そして、その組曲第4曲「サルダールの行進」のメロディーを替え歌にして、「牧馬地方の春の歌」として歌っていたのです。歌詞は、1924年4月に夜を徹して歩き、外山高原に行った時の関連作品ですね(「外山詩群」参照)。
 私としては、いつかそのうちこの歌曲も DTM で演奏して、「歌曲の部屋」に入れたいと思ってスコアを買ってきたのですが、イッポリトフ=イワーノフというロシアの作曲家は、かのリムスキー=コルサコフの弟子というだけあってオーケストレーションはなかなか煩雑、これを忠実に再現しようとすると、かなり時間がかかってしまいそうです。
 しかし、次の目標はこの曲として、時間がある時に少しずつ作成していくことにします。

 ところでこの作品に関連して、大したことではありませんがちょっと気がついたことを二つ。

 まず、作曲者の名前は通常のアルファベットで綴ると‘Ippolitov-Ivanov’となりますが、この‘Ivanov’というのが、見た感じ‘Ihatov’とそっくりです。
 ‘Ihatov’は、「岩手(Ihate)」をもとにした賢治による造語と言われていますが、語尾を‘-ov’とするのは、いかにもロシア語的ですね。賢治がこのSPレコードを持っていたのは前述のとおりで、そのジャケットの‘Ivanov’という文字も見ていたはずですから、ひょっとしてこのあたりからも、造語のインスピレーションが来ていたりして。

 もう一つ、「牧馬地方の春の歌」のテキストには、「たのしくめぐるい春が来た」という一節があります。この「めぐるい春」の「い」というのは、何なのでしょうか。
 Web上には、「『い』は体言や活用語の連体形の下に付いてその語を強くきわだたせるための間投助詞」という説もありますが(「宮澤賢治の作詞」)、あまりしっくりきません。
 常識的には、「たのしくめぐる春」と書くべきところを賢治が誤記したとも思えますが、「【新】校本全集」でそのように校訂されていないところを見ると、編集委員は誤記とは考えておられないのでしょう。どなたかご存じの方がおられましたら、ご教示いただければ幸いです。
 ちなみに、この「牧馬地方の春の歌」のもとになった作品である「浮世絵(下書稿(一)第一形態)」には、「たのしくめぐるいちれつ丘をのぼります」という一節があり、たまたま「たのしくめぐるい」というフレーズが出てくるのですが、これの写し間違いとか・・・。

written by hamagaki : カテゴリー「作品について

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コメント



おっしゃるとおり「牧場地方の春の歌」の中の「たのしくめぐるい春が来た」は、「たのしくめぐる春が来た」と校訂すれば、意味も通りリズムも整うと思います。私たちが、【新】校本全集本文で、「い」を削らなかったのは、「めぐるい」の可能性が否定できなかったからです。「めぐるい」は意味不明ですが、「めぐるく」と活用するところから、形容詞と思われます。「牧場地方の春の歌」の関連稿の「浮世絵」(「北上山地の春」下書稿一)では、ご指摘のように、第一形態で「たのしくめぐるくいちれつ丘をのぼります」と書かれています。「たのしくめぐるいちれつ」ではないようです。これが、手入れ後の最終形では、「めぐるく丘をのぼってまゐります」となります。この手入れの中間には、「たのしくめぐるいはだしでいちれつ丘をのぼります」という形も考えられています。
 また、「秋」(第三集)の下書稿一・二には、「まるめろの香とめぐるい風に」というフレーズもあります。
 これらから、作者の中には「めぐるい」「めぐるく」という語彙が生きていることは疑いないと思います。写し違いということではないと判断しました。
 また、もし、「牧場地方の春の歌」を校訂すると、他の箇所との整合性の問題が出てきます。
 意味不明で苦しいのですが、「牧場地方の春の歌」の本文を校訂しなかったのは、このような理由からです。
それにしても、「めぐるい」とはどんなニュアンスの言葉なのでしょうか……。
                  杉浦 静

投稿者 杉浦 静 : 2005年8月31日 10:25

杉浦静さま、懇切なコメントをありがとうございます。じきじきに恐縮の至りです。

ご指摘のとおり、私は「浮世絵」のテキストを間違えておりました。「たのしくめぐるいちれつ…」ではなく、正しくは「たのしくめぐるくいちれつ」でした。さっそく当サイトの草稿テキストも、訂正いたしました。

「めぐるい」という言葉を、確かに賢治は形容詞として用いていること、ご教示ありがとうございます。
今回あらためて原子朗著「新宮澤賢治語彙辞典」を引いてみますと、「意味不明の語だが、花巻地方の方言にもなく、めぐる、めまぐるしい、めくるめく等の語に近い賢治の造語かと思われる」と、確かに記載されておりました。

この機会に、私も古語辞典などを引いてみたのですが、すると「まぐる(目昏る)」という下二段活用の動詞に行き当たりました。意味は、「目がくらむ」ということだそうです。
「ま」は、「まぶた」「まなこ」のように「め」のことですから、これがひょっとすると「めぐるい」という形容詞に関係があるのではないか、と思いました。
もしそうであれば、小沢俊郎氏が新修全集月報において、「めぐるい」を「まばゆい」の意か、と記しておられるというご意見とも近くなるかと思います。

それにしてもこのたびは、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿者 hamagaki : 2005年8月31日 23:08


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