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2003年5月 3日 大船渡から花巻へ(1)

 これだけ阪神が強いと、岩手県はやめて甲子園三連戦にしようかともふと思ったのですが、やっぱり気を鎮めて、7時43分の「のぞみ」 で京都駅を発ちました。昼すぎに一ノ関で東北新幹線を降りて、大船渡線に乗り換えました。

 一ノ関は岩手県の南の端にあり、大船渡線はここから岩手のいちばん南の部分を東へ走ります。車窓からは、 陸中松川の東北砕石工場跡や、 「まずもろともに…」 の大きな碑のある新山も見られました。ずっと岩手県内を走ってきた列車は、なぜか太平洋を目前にしてまた宮城県に戻りますが、 ちょうどその気仙沼駅で降りて、タクシーで北隣の唐桑町へ向かいました。
 さすがにこのあたりのリアス式海岸では、たがいに海に面した隣の町に行くにも、 複雑な峠道をかなり高いところまで登ってからまた海面まで降りていかなければなりません。湾内の明るい波間には、 牡蠣の養殖かと思われる構造物が見えます。

 唐桑半島というのは、このギザギザの海岸線のなかでも宮城県の最北に位置する小さな突起部なのですが、その付け根あたりに 「雨ニモマケズ」の詩碑があるために、今日はまずここまで来ました。
 消防署で道を尋ね、町役場の向こうの小さな幼稚園の横を抜けて裏山に登ると、 神社の脇の一角に美しい黒大理石の碑が建てられ、「雨ニモマケズ」が刻まれていました。
 ひっそりとして誰も来ないような山かげなのですが、碑の前にはぽつんと丸太のベンチがあり、木々の間からは遠く広田湾の青い海が見えます。 何かの折りにひとりで山を登ってきて、このベンチで賢治と向かい合ったり海を眺めてすごすには、ここは絶好の場所のように思われました。
 この碑を何枚かの写真におさめると、待っていただいていたタクシーで気仙沼駅に戻り、ふたたび大船渡線に乗って大船渡を目ざしました。 今夜はここで一泊です。

 駅前から北へ行った「いそ八」という炉端焼きのお店では、つぶ貝の刺身やいか焼きなどいろいろいただきました。なかでも「どんこ」 という魚の味噌焼き(どんこの肝をすり込んだ味噌を付けて炭火で焼いたもの)が美味しかったです。

written by hamagaki : カテゴリー「賢治紀行

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