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2002年8月17日 北海道の旅(4)

 朝7時頃には小雨がぱらついていたのですが、幸いまもなく上がってくれました。昨夜の客は私たちだけだった、 その小さな旅館を後にして、またバスに乗りました。

 苫小牧で少し時間があったので、駅の外に出てみました。賢治が農学校の修学旅行を引率してやって来た時には、「駅前富士旅館」 に泊まったと自筆の復命書に書かれていますが、もちろん現在はその面影もなく、駅前はショッピングセンターなどのビルが並んでいます。 駅の南西には王子製紙苫小牧工場があり、やはり修学旅行の時に、賢治はこの工場の火を見ています。今も、巨大な煙突がそびえ、 白い煙が出ていました。

 苫小牧からは、室蘭本線の上り列車に乗りましたが、少し西へ進むと、砂浜に高い波が打ち寄せていました。 台風13号の影響でしょうか。 「一二六 牛」(『春と修羅 第二集』)の「下書稿(一)」は「海鳴り」と題され、 この辺の砂浜で遊ぶ牛が描かれていますが、それを彷彿とさせる荒波でした。

 室蘭本線を伊達紋別で降り、駅前からタクシーに乗って、道央自動車道の「有珠山サービスエリア」に向かいました。 このサービスエリアには、賢治の「噴火湾(ノクターン) 」の詩碑があるのです。
 伊達市の市街を眼下に見ながら登っていくと、空もやっと晴れてきました。サービスエリアは、噴火湾と有珠山・ 昭和新山を一望できる場所にあり、素晴らしい眺めです。賢治の詩碑も、大きな岩にはめ込まれた立派なものでした。 このような碑としては珍しく、詩のテキストが横書きに刻まれています。

 この後、有珠山と昭和新山のあいだを抜けて洞爺湖の方に出て、今回の旅行の最後の宿泊地である洞爺湖温泉に着きました。

 夜は8時45分からしばらくの間、洞爺湖の湖上に花火が上がりました。

written by hamagaki : カテゴリー「賢治紀行

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