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2001年6月 2日 「耕母黄昏」アップ

 「歌曲の部屋」に「耕母黄昏」を追加しました。

written by hamagaki : カテゴリー「サイト更新

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この「耕母黄昏」のメロディは、草川宣雄のオルガン教則本『オルガン奏法の研究』「練習十八」とのことですが、CD『メンタル・サウンド・スケッチ~星めぐりの歌』には、“島崎赤太郎編「オルガン教則本 壱」より”となっているようですね。(このCD、持っていたのですが行方不明で、ライナーズノートを見ることができません。)
どちらの教則本にもこの曲は載っているのでしょうか。実際のところはどうなのでしょうか。ご存知でしたらご教示ください。
草川宣雄は(作曲家として有名な草川信は、弟)、オルガニストとしては島崎赤太郎のお弟子さんですねが。

投稿者 かぐら川 : 2009年1月21日 00:35

 かぐら川さま、こんばんは。

 私は、どちらの教則本も実際に参照したことはないのですが、佐藤泰平著『宮沢賢治の音楽』(筑摩書房)に、「耕母黄昏」についてつぎのような記述があります。

 賢治がレッスンを受けたときのテキストは、私の推測では島崎赤太郎編『Organ Method オルガン教則本・壱』(共益商社楽器店,1899年12月)だろうと思っている。その18頁、24番 Adagio に賢治は詩をあてはめるのであるが、推測があたっていれば、当然その24番も塚本ピアノストアでレッスンを受けたであろう。
 賢治はオルガン練習の際、草川宣雄著『音楽叢書第六編 オルガン奏法の研究』(京文社,1926年8月)も併用していた。その本の305頁、練習十八に、先の二十四番が八小節だけ引用され、次の解説と助言がついている。

 次の曲は鳥も花も野も山も夜の帷にとざされて行く静かな夕方の色を現らはした厳粛の感興を添へる曲であつて、曲の始めにある Adagio は静かに且つ感じを以つて奏けと云ふ意味を持つて居る発想記号である。第二、四、六、小節にある弧線は二つの異なつた高さの音を結びつけるための記号でスラーと云ひ、このこの弧線によつて切り離すことの出来ない密接な結合が出来るから極めて滑かに奏すべきである。

 この解説に刺戟されたのか、または、賢治自身の発想によるものか、賢治は「耕母黄昏」という第のぬくもりのある四行詩を作った。

 つまり、島崎赤太郎の教則本には16小節全曲が、草川宣雄の教則本には8小節の引用が載っていて、後者には上のような「黄昏」を意識させるような解説が付いていた、ということのようです。

投稿者 hamagaki : 2009年1月24日 04:11

 実は「耕母黄昏」のページの楽譜を見たとき、「あっ、これ佐藤さんの本で見たぞ!」と思ったのですが、久しくこの本行方不明でhamagakiさんならご存知だろうとお聞きした次第です。ごていねいに紹介有り難うございました。引用部分を拝見してどうしてもこの本を読まねばと思って家捜し?したらば、賢治関連本とは別のところから、横田庄一郎さんの『チェロと宮沢賢治』といっしょに『宮澤賢治の音楽』が出てきました。
 ところで、突然、なぜ「耕母黄昏」の話かというと、島崎赤太郎編「オルガン教則本 壱」の原本の表紙を、黒岩さんのブログで見つけ、この本を国木田独歩も練習用に使った可能性があることを知り、オルガンを通して、独歩と賢治の間に微かではあるが存在するある系譜に思い至ったからです。(なお、「独歩と賢治を結ぶ細い糸」は、私の勝手な想像です。)
(黒岩さんのページ:http://blog.livedoor.jp/hisako9618/archives/51566232.html)
 それにしてもこの賢治作品の「耕母黄昏」、いい曲になっていますね。8小説目低音部の「ソファミレ」と下降する部分を清六さんが印象的に歌ったというのもうなづけますね。
 賢治とオルガン。かつて、ガントレットと恒(山田耕筰の姉)の結婚式の際、あのタッピング夫人が恒の髪を整えたというエピソードもふくめて気になっていたのですが、そのままになっていました。絶版になっていて読めなかった赤井励さんの『オルガンの文化史』が復刊されているのを知って、さっそく注文しました。

投稿者 かぐら川 : 2009年1月24日 18:05

(追記)
上の文中「8小説目」は「8小節目」の誤変換です。
黒岩比佐子さんのブログ「古書の森日記」の拙コメント中に、このページリンクさせていただきました。
なお、このブログに宍戸儀一や佐藤一英についての書き込みがあります。
http://blog.livedoor.jp/hisako9618/archives/51456373.html#comments

投稿者 かぐら川 : 2009年1月24日 19:02

 かぐら川さま、興味深いご教示をありがとうございます。

 賢治と国木田独歩が、同じ教則本でオルガンの練習をしていたかもしれないとは、何とも不思議な感じがする縁ですね。昔の文学者で、「オルガンが似合う」人というのはそういない感じがしますが、敬虔なクリスチャンだったという独歩は、その数少ない一人として、オルガン演奏もしていたわけですね。
 ネットで検索していると、武蔵野にある「国木田独歩文学碑」というのは、珍しくもオルガンをかたどった石碑なのだということで、石碑フリークの私は、思わず見に行きたくなってしまいました。。

 それから、これを機会に当サイトの「耕母黄昏」のページの記載をあらためて見てみると、オルガン教則本に関する記述がかなり不正確だったので、本日少し修正しました。

投稿者 hamagaki : 2009年1月26日 00:13


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