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2000年8月10日 三陸旅行(5)

 旅行も最終日となると、名ごり惜しさに、朝起きるのもつらくなるようです。 去年の夏に顔なじみになった仲居さんに別れのあいさつをして、平泉の中尊寺に向かいました。
 ここ中尊寺には、賢治の文語詩「中尊寺」の詩碑があります。石巻に行ったのと同じ、旧制中学四年の修学旅行のときの体験が、 作品のもとになっているようです。
 拝観料の800円を払って門から入ると、詩碑はすぐ脇の木陰にひっそりとありました。列車の時間の関係で、私たちは「金色堂」も「本堂」 も何も見るひまがなかったので、詩碑にカメラを向けただけでそそくさと出てきました。すると、受付の人に変な顔をされて、 「ほかは見なくていいんですか」と聞かれてしまいました。もったいないですが、仕方ありません。

 次の目標は、江刺市の原体(はらたい)地区にあるという「原体剣舞連」の詩碑です。この碑は、 いくつかの資料で調べて住所だけはわかっていたのですが、詳しい場所がもうひとつはっきりしませんでした。水沢駅に着いてから「観光案内所」 で尋ねてみてもわかりません。教育委員会経由で江刺市の「商工観光課」というところに電話で問い合わせたら、やっとだいたいの場所がわかり、 これをタクシーの運転手さんに説明して、さらに途中の道で近所の人に聞いたりしながら、どうにか行き着くことができました。
 碑があったのは、細い林道を延々と登った頂上の原っぱのようなところで、やはり私たちのような一般の旅行者には、 まずわからないような場所です。ふだん訪れる人もほとんどなさそうなのですが、剣舞のレリーフもついた、なかなかみごとな石碑でした。

 ここまで終えたところで、新幹線にはまだ少し時間があったので、北上市の黒沢尻南高校に足を伸ばし、 賢治が生前に苗木を贈ったという「銀どろ」の木を見に行くことにしました。「銀どろ」は、賢治がとくに好んだ木だったということで、 花巻市の公園の名前にもなっていますが、この黒沢尻の木は、みごとな大木に成長していました。木の下にいくと、葉っぱにたまった水滴が、 風が吹くたびに雨のように落ちてきました。
 さて、これで、今回の旅行の全行程は、終わりです。北上駅でお弁当を買って、列車に乗りこみました。

written by hamagaki : カテゴリー「賢治紀行

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