「作品について」 カテゴリーに含まれる記事一覧


2017年8月13日 ネガとポジの行程

2017年8月 6日 如来的あるいは地質学的視点

2017年7月30日 津軽海峡のかもめ

2017年7月 9日 山の雲と他界

2017年7月 2日 鳥となって兄を守る妹

2017年6月25日 「トシの行方」の二系列

2017年6月 4日 「サガレンと八月」の続き

2017年5月28日 「牛」詩碑アップ

2017年5月14日 「〔船首マストの上に来て〕」の抹消

2017年5月 5日 映画「ネバーランド」と「薤露青」

2017年4月30日 竜宮の経典

2017年4月23日 予言者、設計者スールダッタ

2017年4月 9日 対馬丸の姿

2017年3月 5日 《願以此功徳 普及於一切》

2017年1月29日 《ああおらはあど死んでもい》の話者

2016年12月30日 まがつたてつぽうだまのやうに

2016年12月25日 佐藤泰平さんにお聞きしたこと

2016年12月 4日 賢治と現代日本の死生観

2016年10月23日 春日神社の赤い鳥居

2016年10月16日 賢治はいつトシは死んだと判断したか

2016年7月10日 マリヴロンと虹

2016年5月 8日 高洞山の上を翔ける

2016年2月14日 あいつは二へんうなづくやうに息をした

2016年2月11日 《ヘッケル博士!》という声に関する私見(2)

2016年1月24日 「噴火湾(ノクターン)」のFuneral march

2016年1月17日 万象同帰のそのいみじい生物の名

2016年1月10日 「タンタジールの死」と《ギルちゃん》

2015年12月13日 賢治は水族館を見たのか

2015年11月23日 「宗谷挽歌」と歎異抄

2015年8月13日 靴革の料理

2015年7月 5日 そしてみんながカムパネルラだ

2015年5月24日 千の風になって

2015年5月17日 この命題は可逆的にもまた正しく(2)

2015年5月10日 小都のはづれなる小き駅

2015年4月30日 けつしてひとりをいのつてはいけない

2015年4月26日 なぜ往き、なぜ還って来たのか(3)

2015年4月19日 オホーツク行という「実験」

2015年3月 1日 レオーノキューストが住んでいたあたり

2015年2月15日 大槌の「風の電話」と賢治の挽歌

2015年2月11日 スタンレー探険隊とコンゴー人

2015年2月 5日 銀河、ワームホール、りんご

2015年1月26日 三陸旅程後半に関する疑問いくつか

2015年1月 4日 イチョウの長い旅と一瞬の別れ

2014年12月30日 9月に比叡山でお話ししたこと(2)

2014年12月14日 9月に比叡山でお話ししたこと(1)

2014年11月16日 悲劇として→喜劇として

2014年10月 2日 「青森挽歌」の構造について(1)

2014年8月31日 線路脇の豆畑

2014年8月14日 産業組合のトラウマ?

2014年5月18日 何をやっても間に合はない

2014年4月24日 ヴェッサンタラ王の布施

2014年3月30日 なぜ往き、なぜ還って来たのか(2)

2014年2月23日 よるのしづまの寒天凝膠(アガアゼル)

2014年1月19日 カツコウドリ、トホルベカラズ

2013年12月23日 春日明神さんの帯(メモ)

2013年12月 8日 火薬店と銀行

2013年11月24日 マケイシュバラと蛙

2013年10月14日 タクナエかタクビョウか

2013年9月 8日 山本鼎『自由画教育』

2013年7月15日 美しい医院のあるじ(3)

2013年6月 2日 美しい医院のあるじ(2)

2013年3月31日 美しい医院のあるじ(1)

2013年3月 3日 「黒と白との細胞…」のスライド

2013年2月10日 たとえ明日世界が滅びようとも…

2013年1月14日 貝の火と父親

2013年1月 6日 純粋贈与とそのリレー

2012年12月28日 溶解体験と逆擬人法

2012年10月21日 墜落恐怖と恐怖突入

2012年10月14日 どこ迄でも一諸に落ちやうとした

2012年10月 8日 うしろよりにらむものあり

2012年8月 5日 釜石の叔父さん

2012年7月 8日 お口がさきにおかしいの?

2012年6月14日 「とし子」という呼びかけ

2012年6月 7日 身熱の日々

2012年4月30日 ネネムからブドリへ

2012年4月 1日 賢治の27歳

2012年3月18日 宮澤賢治の世界感覚について

2012年1月 9日 雲と風の日

2012年1月 4日 あのくしゃくしゃの数字

2011年12月18日 正午の太陽微塵

2011年7月 3日 「光のすあし」は誰か

2011年6月19日 なぜ往き、なぜ還って来たのか(1)

2011年5月22日 爆音聴音のAワンとG1

2011年5月15日 死ぬことの向ふ側まで

2011年5月 4日 災害と賢治

2011年2月27日 底にきたなくしろく澱むもの

2011年2月21日 ガリレオの筒眼鏡

2011年2月13日 老巡礼の受難

2011年2月 6日 腐って流される者たち

2011年1月16日 「いしはら」か「せきげん」か

2010年12月23日 耕耘部の「時計」の動き

2010年11月14日 マレビトのオトヅレ

2010年11月 7日 晩年文語詩と「離見の見」

2010年9月26日 二相系いろいろ

2010年8月 1日 水沢の地図を持って・・・

2010年7月29日 「停車場の向ふに河原があって」現場探訪

2010年7月22日 陸中松川駅

2010年7月 4日 打つも果てるもひとつのいのち

2010年7月 1日 「ヒデリ」論の私的メモ

2010年6月13日 願教寺「島地大等」歌碑

2010年5月30日 停車場・河原・自働車

2010年5月23日 日詰の桜

2010年5月16日 「霰」の舞台

2010年3月18日 発表のスライド

2010年3月15日 水の循環

2010年2月28日 水めぐりの歌

2010年2月11日 吉・吝・凶・悔(補遺)

2010年2月 7日 吉・吝・凶・悔

2010年1月24日 ユリとサソリ

2009年12月24日 賢治は「カルメン」を見たか(本篇)

2009年12月17日 「勿忘草」の人

2009年11月22日 大使館の桜

2009年11月19日 大使館の桜・序

2009年10月12日 「写生」と「心象スケッチ」

2009年10月 4日 「ウィリアム・テル」のオルゴール

2009年9月 6日 嘉藤治のピアノへの思い

2009年8月23日 噴火湾で列車から汽船を見る

2009年8月16日 「二つの赤い灯」の問題

2009年8月 9日 噴火湾

2009年7月20日 HELL ⇒ LOVE †

2009年6月21日 風と嘆息との中にあらゆる世界の因子がある

2009年6月14日 わたくしは森やのはらのこひびと

2009年6月11日 イエハトブ → ÏHATOV か

2009年6月 4日 十善法語

2009年5月28日 "ÏHATOV" FARMERS' SONG の[ Ï ]

2009年5月24日 文語詩「硫黄」の舞台(2)

2009年5月17日 文語詩「硫黄」の舞台(1)

2009年5月14日 あったがせたりする

2009年4月 5日 『春と修羅 第二集』の「序」と労農党

2009年3月15日 「宮澤賢治全詩一覧」追補

2009年3月 5日 Carbon di-oxide to sugar

2009年3月 1日 この命題は可逆的にもまた正しく

2009年2月12日 フサランダー

2009年1月25日 夢枕獏『上弦の月を喰べる獅子』

2009年1月18日 岩手山とくらかけ山

2009年1月12日 徴兵検査にこだわった理由

2008年12月29日 一本杉〜五本杉

2008年12月14日 二人の「異途への出発」

2008年12月 7日 雪の日に来る恋人

2008年11月27日 「雲の信号」と雁(つづき)

2008年11月20日 「雲の信号」と雁

2008年11月16日 制御しないという思想

2008年11月 3日 にない堂父子参詣説(1)

2008年10月16日 悩みの果てに「いゝこと」と感じる

2008年10月 9日 対称性の破れとその美学

2008年9月25日 賢治とイソップの出会い

2008年9月11日 ごまかしのない国体の意義

2008年8月28日 「手紙四」の苦悩

2008年8月 3日 暁烏敏『わが歎異鈔』から

2008年6月26日 キーデンノー覚書

2008年6月12日 劇「種山ヶ原の夜」の報い

2008年6月 8日 「銀河鉄道の夜」の琴の星

2008年6月 1日 冥界としてのサハリン

2008年5月30日 1923年オホーツク挽歌行と1924年修学旅行

2008年5月23日 震災の「外部」で

2008年5月 1日 若き日の最澄(2)

2008年4月27日 若き日の最澄(1)

2008年4月17日 文語詩稿五十篇評釈 十

2008年4月13日 1928年の日付入り詩作品

2008年4月 6日 電信柱から高架線へ

2008年2月14日 「公衆食堂(須田町)」について(2)

2008年2月10日 大正期東京市の「公衆食堂」

2008年2月 8日 「公衆食堂(須田町)」について(1)

2008年1月14日 花巻銀行の x、y

2007年11月25日 ヨハネ、ヨハンネス、ジョニー、セントジョバンニ・・・

2007年11月18日 甘つたれのヨハネ

2007年10月25日 「どろの木」と「銀どろ」(2)

2007年10月21日 「どろの木」と「銀どろ」(1)

2007年9月16日 フランドン農学校の豚と「死の自己決定」

2007年8月26日 文語詩稿五十篇評釈 九

2007年8月19日 1912年修学旅行の平泉

2007年8月 9日 あるものは火をはなつてふ(2)

2007年8月 5日 あるものは火をはなつてふ(1)

2007年7月29日 「岩手軽便鉄道の一月」の舞台

2007年7月 8日 山しなのたけのこばた

2007年6月28日 阿耨達池の水

2007年6月24日 林光曲「あまのがわ」アップ

2007年6月21日 「アルモン黒(ブラック)」とは?

2007年5月31日 舎監排斥事件と「手紙 四」

2007年5月27日 ケンクヮヤソショウ

2007年5月17日 過渡期の風習

2007年5月13日 「雲とはんのき」の手宮文字(2)

2007年5月11日 「雲とはんのき」の手宮文字(1)

2007年5月 8日 富士館と中村牧場

2007年4月30日 賢治詩の変容

2007年4月26日 『春と修羅』第一集〜第三集の各作品の長さ

2007年4月22日 白菜の種子

2007年4月15日 「地人協会」から「肥料相談」へ

2007年4月 1日 「市場」のあった場所

2007年3月25日 詩「三月」の執筆年について

2007年3月11日 「友だちと 鬼越やまに」詩碑と幻の作品

2007年3月 8日 ウィリアム・ジェイムズと「宗教のふるい分け」

2007年2月11日 「二月」

2007年1月 3日 スローカントリー調「私は五聯隊の古参の軍曹」

2006年11月 9日 「黒と白との細胞」による千億の明滅(論文形)

2006年10月 1日 ハチミツとクローバー

2006年9月12日 「黒と白との細胞」による千億の明滅(800字要旨)

2006年8月31日 源五沼のサイクルホール

2006年8月27日 さまざまな場所の「星めぐりの歌」

2006年8月20日 沢里武治氏演奏の「星めぐりの歌」

2006年8月 6日 硅化花園の島(1)

2006年8月 3日 童児こさえる代りに書いたのだもや

2006年7月20日 賢治作品における「うめる」「うずめる」

2006年6月15日 五輪峠の歌

2006年5月29日 クモの巣の進化

2006年5月14日 その南の三日月形の村(2)

2006年5月 7日 「小岩井農場」詩碑アップ

2006年4月30日 文語詩「隅田川」の舞台

2006年4月13日 その南の三日月形の村(1)

2006年4月 2日 『文語詩稿』にざしき童子か

2006年3月23日 「銀河鉄道の夜」の日本名登場人物

2006年3月18日 耳ごうど鳴って…

2006年3月 9日 文語詩定稿の形式について(3)

2006年3月 3日 文語詩定稿の形式について(2)

2006年3月 1日 文語詩定稿の形式について(1)

2006年2月21日 「星めぐりの歌」と「酒場の唄」

2006年2月16日 とらよとすればその手から…

2006年2月11日 夜の呪禁(2)

2006年2月 9日 夜の呪禁(1)

2006年2月 5日 そのかみの高麗の軍楽

2006年1月29日 たゝかひにやぶれし神(2)

2006年1月26日 たゝかひにやぶれし神(1)

2006年1月15日 祀られざる神・名を録した神(2)

2006年1月12日 祀られざる神・名を録した神(1)

2005年12月18日 心象と心相

2005年12月16日 岩手山と澱粉堆

2005年12月14日 「精神歌」の歌詞について

2005年11月27日 チエホフだよ・・・

2005年11月 6日 《ヘッケル博士!》への呼びかけに関する私見

2005年11月 1日 文学に現れた「反復説」

2005年10月30日 エルンスト・ヘッケル博士とその業績(2)

2005年10月27日 エルンスト・ヘッケル博士とその業績(1)

2005年10月16日 草木国土悉皆成仏

2005年9月28日 「生れて(あれて)」という読み

2005年9月25日 「ヒデリ」論争の報道

2005年9月15日 「展勝地」という断片

2005年9月 5日 西洋料理店のような?

2005年8月31日 「めぐるい」という形容詞

2005年8月28日 「牧馬地方の春の歌」

2005年8月 1日 賢治はたしかにいっしゃう働いてゐたやうだった

2005年7月29日 「宗谷〔二〕」の紳士は貴族院議員?

2005年7月14日 1927年3月28日という日

2005年7月 7日 よだかのフォークロア

2005年6月23日 「或る心理学的な仕事」

2005年6月21日 井戸に落ちる話

2005年5月26日 William James の名前いろいろ

2005年4月 8日 「ヒデリ」と「ヒドリ」

2005年3月24日 六神丸

2003年6月19日 「生徒諸君に寄せる」の新校訂

2002年11月 3日 「雨ニモマケズ」の11月3日

2002年9月16日 入沢康夫「燃焼」

2002年3月19日 「気圏のいちばん上層」の発掘

2001年5月29日 「私が先生になった時」

2001年3月23日 「もう駄目です。…」

2001年2月10日 水と空気

2000年12月23日 トップページ更新

2000年12月17日 読者を中学生にする

2000年7月 9日 「小岩井農場」≒マーラー「交響曲第三番」

2000年6月 2日 「青い槍の葉」

2000年5月21日 「小岩井農場」の日

2000年4月 8日 「春と修羅」の日